『楽園への道』のつづきと、
『リヒテンベルク雑記帳』のつづきをよむ。
「自分のやりたいことの反対をやれば、最後には上手くいく」という言葉が印象に残った。
これはいたってシンプルだ。
食べたいものを食べ続けたり、だるいからという理由でひたすら引きこもる。
長期的には太ったり病気を誘発する。
ソクラテスは「善いこと」は快であるとした。
快は快。不快は不快。
しかし「善いことの総和」と「善く生きること」は等しくならない。
それをこのリヒテンベルクのシンプルな言葉が示している。
ソクラテスの生き方は古典的と見るか、普遍的と見るか。
不正を行うよりされるほうがマシか。
核を発動するよりされるほうがマシか。
つづく
【2024年現在の追記・補足】
おそらくこの問いかけがプラトン『国家』を最後まで読み通す原動力となった。