閉じる

読書日記346

     赤坂憲雄『岡本太郎の見た日本』岩波現代文庫 (2020年)

■株式会社岩波書店

公式HP:https://www.iwanami.co.jp/

公式X(旧 Twitter):https://twitter.com/Iwanamishoten?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eautho

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日記

赤坂憲雄『岡本太郎の見た日本』のつづきを読む。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/05/06/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98344/

   

岡本太郎は31歳の時に戦場の最前線に立たされ、35歳にしてようやく日本へ帰還。

この空白帰還を「冷凍された(ような)気がする」と表現した。

その後、東京、上野の博物館で縄文土器と出会う。

これが岡本太郎にとって衝撃的な瞬間であった。

私は歴史が苦手で思いを巡らせたことがなかったが、写真付きで縄文土器と弥生土器との比較を見ると明らかに違う。

縄文土器は非対称的で、弥生土器は調和のとれたシンメトリー。

縄文時代は狩猟の時代で、弥生時代と正反対の時代であった。

そして、その有り様が見事に物体としても表現されている。

岡本太郎は哲学や思想、社会学にも精通していて、これを社会的条件なものによると見抜く。

私は芸術と社会学の接点を知る。

社会的なものは芸術的なもの、芸術的なものは社会的なもの。

岡本太郎を岡本太郎ならしめるものは何であったか。

奥が深い。

つづく

公開日2022-04-30

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。必須項目には印がついています *

© 2024 ラボ読書梟 | WordPress テーマ: CrestaProject の Annina Free