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読書日記445

    池田晶子『41歳からの哲学』新潮社 (2004年)

■株式会社新潮社

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日記

池田晶子『41歳からの哲学』新潮社 (2004年) を読む。

初めて池田晶子氏の本を読んだのはおそらく二十歳の頃だったように思う。

BOOK・OFFで『14歳からの哲学』を手に取った。

難しい単語が全くないにもかかわらず、内容は難しく感じた。

当時は集中力も足りず、読破できずに積んどくとなった。

それから約十年が経ち、なんとか食らいついてようやく最近になって部分的に理解できるようになってきたと自負する。

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今日は民主主義と言論の自由の章をじっくりと読んでみた。

池田氏によれば、言葉は「外」にあるもので、それを「自由」に使うことができるのかどうかは、言葉を「正しく」使えるかどうかであるという。

言語思想と繋がる奥の深い話であるように感じた。

言語はそれ自体、人間の内にはある。しかし、法律と似ていて、そこには「形式」があり「ルール」が存在しているようにみえる。

であるならば、当然言葉には正しい使い方や正しくない仕方が存在する。

池田氏によれば、自由を他者に求めること自体に矛盾が存在するという。

言葉によって自由になるのではなく、正しい言葉の使用によって人は自由になる。

池田氏は、ロゴスとは「正しい言葉」であると書いている。

ソクラテスはロゴスによって生き、ロゴスとともに亡くなった。

つづく

公開日2022-05-27

画像引用元:紀伊国屋書店

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784104001064

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