■株式会社河出書房新社
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日記
アーザル・ナフィースィー『テヘランでロリータを読む』河出文庫 (2021年) を読む。
ナボコフ『カメラオブスクーラ』をだいぶ前に読んだ記憶がある。
その感想文がこのブログに存在しているが、あまりにも稚拙な為に引用する気が失せてしまった。
話が逸れてしまうが、このブログ、「はてなブログ大学文学部」の初期(2020年頃)は悲惨なもので、見るに耐えない記事を多く量産させた。
戒めとして消さずに残していている。
以前から本書の存在は文庫コーナーにあることを把握していた。
hontoポイントが貯まったので、軽く立ち読みしたあとに読んでみることにした。
まず、本書はタイトルの通り、イラクの首都テヘランで講師と学生たちが (10名弱) ロリータを読むという、端的に言えば読書会にまつわる話となっている。
そこまでは良いのだが、講師も学生も女性なのである。
そこが気になっていた。
売春に関わる小説で、男尊女卑問題はセンシティブで取り上げにくい問題でもある。
にも関わらず、この小説を読むことで何を掴み取れるのだろうか。そこが端的に疑問であった。
100項ほど読み進めると、ナボコフ、政治、文学という三角関係が見えてくる。
少女の無力さと全体主義における個人の無力さが対比されているのだろうか。
本書を読むと、ナボコフの読解は簡単ではないと書かれていた。
文学は想像力を養うだとか言われるものだが、正直なところその点は同意しつつも、いまいち曖昧である。
ただ、文学には力があることは信じている。
この小説と『ロリータ』の真のメッセージには興味がある。
つづく
公開日2022-06-07