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読書日記606

 テリー・イーグルトン『文学とは何か――現代批評理論への招待(上)』岩波文庫(2014)

■株式会社岩波書店

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つづきをよみすすめた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/05/31/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98604/

 

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メモ

イーグルトン「一般に、評価されている著述のタイプに属してさえいれば人々はそれを文学と呼ぶ」

イーグルトン「それ自体で価値のある文学作品は存在しない」

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日記

小林秀雄の本と比べながら、西洋と東洋の文学観を比較してみたいと思い今日も読み込む。

60ページにまで及ぶ序章をようやく読み終えた。

文学とはなにか、という問いに対する答えが部分的に明るみになったように感じた。

(メモ欄に記載の通り)

文学は時代背景によって価値評価に幅が出る。

再評価される哲学者や社会学者がたまに現れるのを目の当たりにしてきたので、やはり文学作品は相対的なものであるようである。

ここで、古典とは何か?と問われれば、文脈から察するに、社会に揉むに揉まれてそれでも生き残った作品、ということで間違いはないと思われる。

文学作品は絶えず様々な人々から価値判断され続ける。

古典には削ぎ落とせない、あらゆる時代に通ずる普遍的な事実が書き残されている。

どう読むか、よりも何を読むか、のほうが大事かもしれない。

公開日2022/8/15

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