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読書日記684

        鷲田清一『哲学の使い方』岩波新書(2014)

■株式会社岩波書店

公式HP:https://www.iwanami.co.jp/

公式X(旧 Twitter):https://twitter.com/Iwanamishoten?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eautho

  

その他数冊

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日記

集中的にまとめて読んだものの、頭が混乱しかけてきたので断片的に理解したことを書き残す。

相対主義論争

『哲学の使い方』を読む限り、絶対的に論じることの不可能性について考えさせられる。

最近SEKAI NO OWARIの『habit』という歌が人気であるが、そのなかに人は分類したがるという内容がある。

しかし、虹が文化によって見えかたが変わるように、言語上、あらゆる概念の普遍性については疑問が残る。

相対主義論争は、つまるところ翻訳の不可能性を同時に共有している。

・・・

相対主義論争は幅がきく。

社会的な抑圧と欲望について精神分析は取り扱う。

しかし、欲望とは本来いかなるものなのか。

自己保存とは。欲求とは。

社会的なものと、根源的なものの境界線とは。

幅を利かせすぎて逆に何を自分は考えているのか分からなくなってしまった。

ひとまずここにアウトプットして今日はゆっくりしたい。

つづく

公開日2022/9/20

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