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読書日記1140

モンテーニュ『エセーⅢ:社会と世界』中公クラシックス (2003)

■株式会社中央公論新社

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日記

社会が複雑であればあるほど単純化して考えることのリスクがあるということを『ネガティブ・ケイパビリティで生きる』を読んで教えてもらった。

社会が複雑である、というのはそもそも何を意味するのか。

ひとつとしては、意味の多面化、二重化がある。ベイトソンのダブルバインドとも関連のある話が語られた。

本屋の社会学コーナーに行けば同意に関する本がある。

フェミニズムの文脈では男女間のトラブルを防止するためのキー概念となっている。

しかし暗黙の了解という言葉があるように、男女関係以外の文脈では同意というものが性質を変える。

例えばカフェで席を取るとき、明確なルールはないが私物をテーブルに置けば席をとったと見なされる。店員もその他のお客もその行為によって席が確保されたことに暗に同意している。

この話がネガティブ・ケイパビリティという概念とどう繋がっているのかはよく分からなかったが、本書からいろいろな価値観、考え方があるということをいろいろ学ぶことができたように思う。

・・・

モンテーニュはところどころでプラトンに言及していた。

秩序は善の一部であるということが読み取れた。

プラトンは個々の適正に則した仕事を割り当てる制度を想定した。

あれやこれやといろいろな仕事に手を出さざるを得ない今日の現代人の生き方にメスをいれるような文章のような気がした。

それが良いか悪いかは分からない。

ざっくりな訳し方であるが、熱力学第二法則は無秩序へ向かう志向性を持っているのと、それに抗う生命の活動は秩序へ向かう志向性を持っているという、シンプルではあるが生命の根源に迫る深い洞察を読んでいてうなずいた。

公開日2023/9/16

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