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新・読書日記136

    モンテーニュ『エセ- (1) (中公クラシックス W 23)』中公クラシックス(2002)

■株式会社中央公論新社

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       ドストエフスキー『悪霊 上』岩波文庫(1989)

■株式会社岩波書店

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     D.ヒューム『人間本性論 第3巻〈普及版〉: 道徳について』法政大学出版局(2019)

■一般財団法人 法政大学出版局

公式HP:https://www.h-up.com

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日記

ヒュームの本が想像以上に読みにくく難解である。これはかなり苦戦しそうだ。

帰り道にいろいろと思いを巡らせた。

ブログで10回以上書いているが、初めてこの記事にたどりつく人がいる可能性を考慮して何度も書いていきたい。

ヒュームは事実「~である」から価値「~べき」を導けないと書いている。加えて、「理性は情念の奴隷である」とも書いている。

  

このことを念頭におけば分からなくもない。

道徳哲学は価値を必然的に含む。道徳は人間の感情に大きくかかわるものであり、数学のように無味乾燥していて知性のみが関係するものではない。従って、道徳哲学は事実を扱いながら、かつ価値をも扱う。

このことを考えてみると、道徳哲学という体系を構築するには水と油のような両者の関係(事実ー価値)をうまく結合させなければならないことになる。

  

しかしあまりに難解な言い回しに、仕事終わりの頭はついていけなかった。

  

・・・

『エセ- (1) (中公クラシックス W 23)』

メモ

モンテーニュ「哲学すること、それはどのように死ぬかを学ぶことだ」

  

“(・・・)人びとの死のことほど、心からすすんで知ろうとすることはない。彼らがどういう言葉を吐いたのか、どういう顔、どういう態度をしたのか、などだ。歴史の書物のなかで、これほどわたしが注意をこめて読む個所はない。” P301

  

“もしわたしが著述家だったならば、わたしはさまざまな死の注釈つきの記録を編んでみるところだ。人間たちに死ぬことを教える者は、彼らに生きることを教えることになるだろう。” P301

  

・・・

『悪霊 上』

徐々に物語は進みつつあるが、現在地は110項。

地道に読み進めていく。

   

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