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新・読書日記200(読書日記1540)

  近藤康太郎『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術』CCCメディアハウス(2023)

■株式会社CCCメディアハウス

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日記

・300冊くらいしか読んでない人の薦める本は薄っぺらいが1万冊読んだ人の薦める100冊は濃い

巻末の100冊選書を見ると、時間をかけてじっくりと選ばれている本だと感じる。

『魔の山』、『悪霊』、文学以外には『小林秀雄講演』などマニアックなものも入っており、膨大な本を読んでいる人だとすぐに分かる。

  

・本棚のどこになにがあるか覚えている人に対する批判

つまりそれは「読んでいないから」。そう、それこそまさに「本棚の死」なのだ。

わかる。あまりに共感できるため、このことに触れずにはいられない。

本棚は飾りではない。(飾ることを否定はしない)

せっかく立派な本棚をもっているのだから、それを生かさなければならない。

著者はそこをしっかりと分かっていて、これを読んだ人は本棚の配列についていまいちど反省して欲しいと自分も感じる。

  

本棚は配列を定期的に、あるいは頻繁に変えていくべきなのである。

そもそも、何も本が動かない本棚(つまり稼働しない本棚)は、全く読まれていないことの証であって、それは積ん読の醍醐味ではない。

積読の醍醐味のひとつは、本同士をくっつけ、ゲシュタルトを生ませることにある。

著者は間違いなくそのことを熟知している。だから本棚を稼働させなければならない。

1万冊までいくと必ず稼働しない本棚が出てくる。以外にも100冊はそれを考えると非常に合理的な冊数だと推察される。

  

・積むことによって多少の罪悪感が生まれる。そして読むことの原動力になる

積むために本を買うわけではない。読みたいから買っているわけである。

しかし、今日読みたい本が明日読みたい本だとは限らない。

人間の心理は非常に流動的で、わがままで、とらえどころがない。

それを積読空間は大きな包容力で包み込む。

常に読みたい本がある本棚は魅力的だ。そんな本棚が理想的である。

どんな気分にも対応できる本棚。常に手を出したくなるような本棚。

そんな本棚を作るには、100冊では足りない。

理想的には「千冊で耕す」。欲を言えば「万冊で耕す」だ。

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