牧田俊樹『「障害とは何か」という問いを問い直す――「事実」から「有用性」に基づいた障害定義の戦略的・実践的使用へ』生活書院(2024)
ジェーン・ウォード『異性愛という悲劇』太田出版(2024)
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日記
『「障害とは何か」という問いを問い直す――「事実」から「有用性」に基づいた障害定義の戦略的・実践的使用へ』を読み進めた。
ミシェル・フーコーなどのポスト構造主義者は病気を「社会的に構築されたもの」として捉える向きがあるが、今日はその点について「障害」というテーマと結びつけて論じられている箇所を読んだ。
この「社会的に構築されたもの」というのはフェミニズム(とくにジュディス・バトラーなど)においても批判の戦略として使用されるものであり、現代の社会正義を考えるうえでは本書は有意義な読書時間となると感じた。
メモ
実在・・・生理学的に説明される実体的なもの
例)「ダウン症は21番染色体の三つのコピーを持っていることによって起こる症状」
現象・・・主観的事実・体験による説明
例)パニック障害は、一度発作すると凄まじい恐怖感を当事者に与える、強烈なもの
・障害学の理論上の言葉の使い分け
インペアメント・・・実在的なもの
ディスアビリティ・・・社会構築的なもの
“ディスアビリティはしばしば、人々の肉体や精神的特徴に還元されえない、とても一般的な社会構造やメカニズムを意味する。” P44
クワインの全体論⇒語の意味は一義的に定まらないという理論
“社会的に構築されるのは「実在」ではない。むしろそれは「実在」に対するわたしたちの理論であり、わたしたちがそれを調査、探索するために使う方法である。” P43
この話は「言語が先か、実在が先か」と似ている。
「犬」という言葉について考えてみる。
言葉が先にあったと考えるのはナンセンスに思われる。なにか実態、実在がなければ名付けられ得ないと考えるのが普通である。
いくら「社会的に構築されたもの」であったとしても、実在のない状態で名付けられることは普通に考えてあり得ない。
実在までを疑うのはナンセンスである。
「女性は存在しない」という命題にたいして思うのは、それでも男性と女性が実在的に、物質としては同じ構造を持っていないということは事実であるということだ。
ジュディス・バトラーはこれについてはバトラーなりにいろいろと戦略を用いて反論しているかもしれない。
・・・
「障害」という言葉については「犬」とは違うように思える。
それは、さきに「障害」と名付けられるための「実在」があったのかはっきりしないからである。
(人間は初めから人間であったという当たり前の事実により)
概念が先か。実在が先か。
明日以降はこの意識をもって読めば少しは理解が深まるかもしれない。
(『異性愛という悲劇』はあまり読めていないので割愛)