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新・読書日記352(読書日記1692)

    

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日記

昨日立ち読みした本に書いてあった資本主義批判がまだ頭に残っている。

内容が半分飛んでしまったのでその本の意図と違って解釈してしまっているかもしれない。

その本には、経済学で想定されている競争の原理のなかにおいては、人間は当然合理的に行動し、必然的にいろいろな場所で様々なことが最適化されていくという想定がなされている。派遣社員もそのようなものであると思われる。著者はそういった最適化は、政治哲学的には善でもなければ、正義ですらないと書いていた。

無職系Youtuberには環境で全てが決まるから自分の境遇は必然であると諦念を感じさせる動画が多々ある印象だ。

コメント欄には嘲笑、煽り、非難の嵐といった印象。

たしかに残された可能性、つまり環境的要素を差し引いてもなお残る個の力、そういうものはある。

この世界の恣意的な力学、そして環境的に不利に置かれた個の意志力。

このふたつは、前者が地球のような重力を備えていて、後者がそれに否応なく引き寄せられる引力に飲まれる形になっていると自分は思えてくる。

心無い言葉には本質が欠如している。

表面的なものしか見えず、絶えず深い場所を見ようとする力に欠ける。

深い場所は大抵目には見えないものである。

そういうものを可視化しなければならない。結晶化しなければならない。

そう思いながら『芸術を愛し、求める人々へ』を読み始めた。

序論から熱を思わせる内容となっている。

明日この続きを書いていきたい。

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