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新・読書日記505(読書日記1845)

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日記

便利な画像結合サイトが急に使えなくなったので本の画像を一枚ずつ貼ることになってしまった。

たまたまカバンに『自由からの逃走』が入っていたので午前中からずっとこの本を読むことにした。移動中はサルトル、たまにペトラルカも読んだ。

サルトルは「人間は自由という刑に処されている」みたいなことを言ったそうであるが、フロムを読むとひしひしと感じる。街、自宅、すべての生活空間に誘惑が溢れている。欲に飼いならされるのが人間でいいのか、そういうことをサルトルは書いているのか?300ページ読んだがまだまだ前半なので見えてこない。とりあえず『自由への道』のテーマは「独身」でいることの意義、意味について問うものだということはなんとなく伝わる。  

今日は小説のほうを書き進めたい気分なのではてなブログ大学文学部のほうに行こうと思う。

たまには日曜日くらい、映画も観たい。

  

・・・

メモ

『自由からの逃走』

”予定説の教義は一見したところでは、懐疑を沈めるよりも強めるように思われる。個人は前にもまして、かれが誕生以前から永劫の罰に定めているが、救済にさだめられているかを知りたいという懐疑にさいなまれるのではないだろうか。自分の運命がどのようなものかを、人間はどのようにして確信できるであろうか。カルヴァンはこのような確信の具体的な証拠はなにも教えなかったが、かれやその帰依者たちは、選ばれた人間であるという確信を実際にもっていた。” P96

  

“カルヴァニストはまったく素朴に、自分たちは選ばれたものであり、他のものはすべて神によって罰に決定された人間であると考えた。”P97

  

“努力や仕事を目的それ自体と考えるこの新しい態度は、中世以降、人間に起こったもっとも重要な心理的変化ということができよう。” P101

  

“(・・・)われわれは自由の問題をたんに量的なものではなく、質的であることを忘れている。” P122

  

“(・・・)資本の蓄積のために働くという原理は、客観的には人類の進歩にたいして大きな価値をもっているが、主観的には、人間が人間をこえた目的のために働き、人間が作ったその機能の召使いとなり、ひいては個人の無意味と無力の感情を生みだすこととなった。” P129

  

“利己主義は、まさにこの自愛の欠如に根ざしている。自分自身を好まない人間や自分自身をよしとしない人間は、常に自分に関して不安を抱いている。” P133

平成生まれです。障がい者福祉関係で仕事をしながら読書を毎日しています。コメントやお問い合わせなど、お気軽にどうぞ。

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