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新・読書日記639(読書日記1979)

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日記

今日はほとんど一日、トルストイ『復活』に浸っていた。長編に身を預けていると、時間の輪郭が少しずつ溶けていく。その合間、カフェでの一服や風呂上がりのぼんやりした時間に、手元にあった本をあれこれつまみ読みした。ロシア小説の重い呼吸の脇で、倫理学や仏教や批評が、小声で順番に話しかけてくるような一日であった。

小林秀雄の一文に、今日は妙に足を止められた。「人間は自分の姿というものが漸次よく見えて来るにつれて、自己をあまり語らない様になって来る。これを一般に人間が熟して来ると言うのである。」自分の解釈は、ありふれているといえばそうで、「成熟とは沈黙を選ぶことだ」という線に沿っている。ただ、ここで引っかかるのは「語らない様になる」という言い方である。語らないとは、必ずしも「書かない」ことではない。声にして自己を語ることを控える一方で、書くことの方は、むしろ増える場合すらあるのではないか。黙っていくために、書かざるをえなくなる、という逆説もあるはずである。

『復活』の主人公ネフリュードフを思い浮かべると、この「語らない」という動詞が少し具体的な重さを帯びてくる。彼は、自分の過去の振る舞いと真正面から向き合わされることで、雄弁になるのではなく、むしろ言葉を失っていく。自分の姿が「漸次よく見えて来る」過程とは、多弁さを獲得することではなく、語る権利を自分から少しずつ取り上げていく作業でもある。読書日記のような行為は、この沈黙の手前でとどまろうとするささやかな抵抗であり、あるいは沈黙へと向かう途中のメモ書きのようなものかもしれない。

同じ日にジョセフ・ヒースの一節を読んだのも、偶然にしては出来すぎている。「日常の道徳による不正直の禁止を、ビジネスの文脈に当てはめようとする倫理学者は、『教会で説教されるような倫理的な原理』を市場に押しつけようとしていると揶揄されかねない。一方で市場の失敗アプローチは、情報の非対称性とシグナリングの信頼性に重点を置き、市場システム自体の機能要件から騙しに対する道徳的制約を導き出す。」ここには、道徳を「説教」として持ち込むのではなく、制度の機能要件から引き出してこようとする冷静な視線がある。市場を「失敗」させないために、どこまで不正直を許さないか。その線引きが、教会の説教ではなく、情報の非対称性やシグナルの信頼性といった現実的な条件から描き出されていく。

公共政策の本を読んでいた頃、「市場の失敗」という言葉を何度も目にした。今日ヒースを読みながら、あのときの抽象的な用語が、タレブの議論とゆるやかにつながってくる感覚があった。情報の非対称性とは、タレブ流に言えば「リスクを誰が引き受けているか分からない状態」のことであり、そこでは皮膚感覚としての「誠実さ」は簡単に空洞化する。市場の機能要件から導かれた「騙してはならない」という規範は、一見冷たいが、下手な道徳説教よりも人を守ることがある。教会の説教と市場の失敗、トルストイの罪責感とヒースの機能主義、その間で自分の倫理感覚が少し揺さぶられた。

今日の読書には、さらにブッダが割り込んでくる。これもタレブ経由で手に取った一冊である。タレブが読んだものはとりあえず自分も読んでみる、という安直な模倣から出発しているのだが、そこから拾い上げられるものは意外に多い。まだ少ししか読んでいないが、「未来のことや過去のことをあまり考えるな」というメッセージは、はっきりと確認できた。これは禅やマインドフルネスの文脈で繰り返し聞かされる言葉でもあるが、仏教の古い語り口であらためて提示されると、未来への不安と積読の山が、ひとつの像になって迫ってくる。読みたくて積んだのか、安心したくて積んだのか、その境界は案外あいまいである。

過去と未来を手放せと言う教えは、読書のスタイルにも微妙に影を落とす。積読とは、未来の自分への投機である。「いつか読むだろう」「そのうち必要になるだろう」という期待を、紙の束のかたちで積み上げる行為である。ブッダ的に言えば、この期待そのものが苦の原因になる。だが同時に、本をまったく積まない読書生活など、想像するだけで心許ない。マインドフルネスが「今ここ」に注意を向けよと命じるように、「今、目の前の一冊を読む」と決めることでしか、積読の不安は減らせないのかもしれない。今日『復活』に集中できたのは、その「今ここ」に、たまたまロシアの長編が据えられていたからである。

再び小林秀雄に戻る。「文科の学生に告ぐ」(正確なタイトルは失念)という文章の中で、彼は「とりあえず同時並行でたくさん読め」と言っていたはずである。この一文を確認したとき、今の自分の読書スタイルが、少しだけ正当化された気がした。同時並行読みは、集中力の欠如の証拠だと責められがちである。しかし、小林のような批評家がそれを勧めるとき、それはむしろ感受性を重ね合わせる訓練として提示されている。今日のように、『復活』とヒースとブッダと小林が、時間差で頭の中を出入りすること自体が、一種の読書教育であると考えてみたくなる。

とはいえ現実には、積読の山は確実に高くなっている。先日、都内でまとめ買いをしてしまった反動で、しばらくは本の購入を控えようという気分になっている。これは財布の都合というより、心理的な安定の問題である。棚に未読の本が並んでいることは、ある種の「備蓄」であり、「いざとなればここに帰ればよい」という避難所でもある。これ以上増やさないと決めることは、その避難所の輪郭を固定することであり、「これで当面は持ちこたえられる」という感覚をもたらす。市場の失敗が「不足」や「過剰」を通じて測られるように、読書生活の失敗も、積読の不足と過剰のあいだで揺れ動いている。

今日一日を振り返ると、『復活』の重たい問いかけの背後で、「語らない」こと、「騙さない」こと、「先送りしない」こと、という三つのテーマが、別々の本から顔を出していたように思われる。小林は成熟のかたちとして沈黙を語り、ヒースは市場の機能から誠実さの条件を引き出し、ブッダは過去と未来への妄想を手放せと言う。それらを、ロシアの貴族の悔恨と同時並行で読むことの意味を、読書日記というささやかな「語り」の場でどう受け止めていけばよいのか――沈黙と誠実さと積読のあいだで揺れながら読んでいるこの状態を、自分は成熟への途中と呼んでよいのだろうか。

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テーマの著者 Anders Norén