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新・読書日記645(読書日記1985)

読書ブログという形をとりながら、私自身の思索と読書体験を交差させてみたいと思います。

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日記

ジュンク堂本店のいつものフロアを歩きながら、今日はいつになく「まぐれ」という言葉が頭の中で反響していた。AIにすすめられるままにマンデルブロ『フラクタリスト』を手に取り、カバーデザインと帯のタレブの推薦文を眺めながら、「タレブがここまで書くなら、これはもう買うしかないだろう」と半ば自分に言い訳をしつつレジへ向かう。気づけば、すでに鞄の中にはトルストイ『人生論』とタレブ『まぐれ』が入っている。ここ数日の読書は、ほとんどタレブの重力圏から抜け出せなくなっていて、今日もまた、偶然と形式について考え続ける一日になった。

それにしても、今日のジュンク堂では、ちょっとした「まぐれ負け」を喫した。前から少し気になっていた、値段の張る一冊があった。清水の舞台から飛び降りるほどではないにせよ、財布の中身を思うと即決できる金額ではない。とりあえず立ち読みしてみて、悪くない、むしろかなり良さそうだ、でも今日はやめておこう、と一度棚に戻した。そこまではいつもの優柔不断な自分である。ところが、その直後だ。店員がすっとやってきて、「失礼します」と言いながら、まさにさっき戻したその本を取り出し、そのままどこかへ持ち去ってしまった。郵送の手配か、取り置きか、あるいはどこか別の棚への移動か。理由はどうでもよかった。ただ、その瞬間に、「やられた」と思った。これは人生で初めての感覚だった。

さっきまで自分の手の中にあった本が、数分後にはもう、自分の選択肢から完全に消えている。あの短い時間の差で、買う/買わないの分岐点が決まり、しかもその分岐を決めたのは、自分の意思半分と、偶然のタイミング半分だった。まさにタレブの言う「まぐれ」によって、ささやかながらも世界線がひとつ閉ざされてしまった感じがある。あのとき、少しでも決断が早ければ、レジへ向かう列の中で、その本の重さを楽しんでいたかもしれない。逆に、あの立ち読みをしなければ、そもそも悔しがることすらなかっただろう。悔しさの正体は、「買えなかった」という事実そのものよりも、「自分の選択が偶然に追い越されてしまった」という感覚に近い。

タレブを読んでしまったせいで、こういう日常の小さな出来事に、いちいち「偶然」と「形式」を読み込んでしまう。あの本を戻したという行為自体は、一見ただの行動の一コマだが、その直後に店員が現れることで、「あのとき戻した」という事実に妙な重みが出る。自分の行為が、急に「間違った選択」として照らし出される。だが本当は、店員が来るかどうかもまぐれなら、あの本に惹かれたこと自体もまぐれで、ついでに言えば、今日ジュンク堂に来ていたことですら、いくつかの偶然の積み重ねにすぎない。タレブ風に言うなら、ぼくは小さなブラック・スワンに、店内で一発かまされたに過ぎないのだろう。

おもしろいのは、その「やられた」感覚を、どこかでちょっと楽しんでいる自分がいることだ。もちろん、あの本をもう一度手に取ってじっくり読みたい気持ちは残っている。それでも、「偶然に支配された」と感じたその瞬間を、タレブの本を読んでいる今このタイミングで経験してしまったこと自体が、今日の読書日記のネタとしてはかなりおいしい。偶然にやられた、と言いながら、その偶然を文章として回収しているあたり、結局は偶然との付き合い方を、少しずつ学びたがっているのかもしれない。

トルストイ『人生論』を読み直したのも、ある意味では似たような偶然の回収作業だった。十年ほど前に初めて読んだとき、ほとんど何も分からなかった。「目の前の大事なことに没頭せよ」という、教訓めいたメッセージらしきものだけをかろうじて掴んで、「偉大な作家の言うことだから、きっと深いのだろう」くらいの感想で読み終えていた気がする。ところが、今回読み直してみると、冒頭からトルストイがかなり本気で科学を批判しにかかっている。科学は事実を記述することはできるが、価値を記述することはできない、という方向に思索がスライドしていくのが、以前よりはっきり読み取れるようになっていた。

十年前の自分は、おそらく「科学」と聞いただけで、何となく良いもの、役に立つもの、進歩の象徴、くらいのざっくりしたイメージしか持っていなかったのだと思う。だから、「科学批判」と言われても、その射程がまったくピンと来なかった。だが今は、タレブや他の本の影響もあって、「事実」と「価値」を切り分ける近代的な感覚が、ある程度自分の中に根を張っている。実際に生活のなかで、「データとしてはこうだけど、それをどう評価するかは別問題だよな」と思う場面も増えた。そんな経験を経てから読むトルストイの「科学批判」は、単なる反近代の老人のぼやきではなく、「価値の問題を事実の言葉でごまかすな」という、かなり切実な叫びとして響いてきた。

おもしろいのは、今回の読書でぼくが一番うれしかったのは、「トルストイが何を言っているか分かったこと」そのものではなく、「十年前には分からなかったことが、今は少し分かるようになっている」という、自分側の変化のほうだったことだ。内容の理解よりも、自分の理解力の変化に喜んでいる。これはある意味で、読書そのものを「自己テスト」として使っているような状態で、過去の自分が読んで挫折した本を、もう一度開いてみることの醍醐味でもある。十年前の自分には見えなかった文の輪郭が、今の自分には、少しだけ立体的に見える。その差分こそが、ぼくにとっての「成長」の実感なのだろう。

マンデルブロ『フラクタリスト』もまた、そうした「差分」を照らし出す本になる予感がする。帯にタレブの言葉がでかでかと印刷されていて、それを見た瞬間、「タレブがここまで持ち上げるなら、本物だろう」と、思考停止ぎみに信頼してしまった自分がいる。よく考えれば、タレブが認めるからといって、ぼくの人生にとって必ずしも価値があるとは限らないのだが、少なくとも「タレブに影響を与えた人物」という事実は、ぼくの好奇心を強く刺激した。タレブが『まぐれ』や『ブラック・スワン』で展開している「世界の乱暴さ」の背後に、このマンデルブロのフラクタルな世界観があるのだとしたら、その源流を少しでも覗いてみたいと思ってしまう。

AIのおすすめでその本に出会った、というのもまた興味深い偶然だ。タレブなら、アルゴリズムによる推薦を「新しい形のサバイバーシップ・バイアス」として皮肉りそうだが、ぼくにとっては、これはこれで一つの「まぐれ」だと感じる。無数の本の中から、アルゴリズムがある基準で選んだ一冊が、たまたま今の自分の関心と重なり、そのうえ帯にタレブの言葉が載っている。もし今日ジュンク堂に寄らなければ、もしAIの提案を適当に流していれば、この出会いはなかった。その意味で、マンデルブロを手に取ったことも、さっきの「やられた本」と同様、偶然に開かれた世界線の一つだと言える。

こうして振り返ってみると、今日一日で起きたことは、実にささやかなものばかりだ。ジュンク堂で一本の本を逃したこと。タレブが認めるマンデルブロの著書を買ったこと。十年前に挫折したトルストイ『人生論』を読み直したこと。どれも人生の大事件ではない。だが、タレブの本に毒されている今のぼくにとっては、そのささやかさこそが、日常の中で「偶然」と「形式」について考える格好の題材になっている。偶然にやられた、と苦笑しつつ、その出来事を文章という形式に変換することで、どこかで偶然へのささやかな復讐を果たしているような気もする。

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次の記事でもまた、読書ブログならではの読後の余韻を記していければ幸いです。

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