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プラトン『ソクラテスの弁明』読了+新・読書日記652(読書日記1992)

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感想・日記

きょうは、プラトン『ソクラテスの弁明』を読み終えた勢いのまま、ここ数日のモヤモヤをまとめておきたいと思う。社労士志望アカウントや堀江貴文の「行動したやつが勝つ」「人生は運じゃない」といった言説への違和感と、キケロやソクラテスを読みながら考えた「善」と「正義」のかたちが、奇妙に絡み合ってしまったからである。

発火点になったのは、ある社労士志望アカウントであった。「人を助けたいから」ではなく「勝ちたいから」社労士になりたいという空気がにじみ出ている。そこには「生存競争」「独立して稼ぐ」「勝ち組になる」といった語彙が並び、労働や福祉にまつわる資格が、あたかも市場で勝つための武器として語られていた。私は独立心そのものは善だと思っている。しかし、「勝ちにいく」ことを前面に掲げたとたん、その独立心はどこかで他者への依存にねじれていくように感じられるのである。

勝ちにいく人間は、他人に依存している。最近ようやく言語化できたこのフレーズを、今日は少し大事に扱いたい。勝ちとは、けっして単独では成立しない。常に「他人より上」「他人よりマシ」という相対的な位置にすぎない。したがって「勝ちたい」主体は、自分の内側の充実よりも、他人との比較に自分の価値を委ねている。どれほど自立や自己責任を語っていても、「誰かと比べて優位でありたい」という欲望にとらわれている限り、その主体は比較という他者に深く依存しているのである。

ここでキケロの一節を思い出す。

「私たちは幸福な生を、悪の排除によってではなく、善の獲得によって判断しようではありませんか。」(キケロ全集10, p.96)

この一文を読んだとき、私はキケロが単なるストア派の禁欲の人形にとどまらない理由を直感した。彼は「苦痛がないこと」を最高善とは認めない。エピクテトスがどう言うかは、まだ『人生談義』の読書途中なので保留しておくが、「苦しみがなければそれでよい」という生のモデルをキケロは否定する。私もまったく同感である。

考えてみれば、感情がほとんど動かず、喜びも怒りも湧かない、ただ痛みだけがない状態を「最高善」と呼べるはずがない。そのような状態は、一時的な休息としては善かもしれない。しかし、もしそれが持続すれば、その人の生活はやがて衰退し、崩壊していくだろう。そこにはパワーも気力も創造力もない。ただ「悪がない」というだけであり、「善が豊かにある」とはとても言えないのである。

このキケロの視点は、「勝ちたい社労士」や「行動したやつが勝つ」と豪語する起業家インフルエンサーの世界観と対照的に見える。彼らの多くは、「苦痛を避ける」ことと「勝つ」ことをセットで語る。「負けたくない」「貧乏になりたくない」「搾取されたくない」。そこにはたしかに、現代の不安な生活を背景にした切実さもある。しかし、その先に「どんな善を獲得したいのか」という問いが欠けたまま、「パイの取り合い」だけが前景化していくとき、世界はじわじわと不可逆な方向へ傾いていく。

パイの取り合いは不可逆性を内包している。これもまた、最近自分の中で固まりつつある直感である。一度「勝つ」側と「負ける」側が分かれ、その差が資本・情報・健康・人間関係といった形で蓄積されると、負けた側はますます選択肢を失っていく。パイの取り合いゲームは、表面的にはフェアな競争に見えながら、その実、時間の経過とともに敗者の再起を難しくする仕組みとして働く。しかもその不可逆性が、しばしば「自己責任」「行動不足」というレッテルで正当化されてしまうところに、私はどうしようもない不快感を覚える。

ノージックの正義論が高く評価されることに対するモヤモヤも、ここに由来している。ノージックのエンタイトルメント理論は、「最初の取得が正当であり、移転が自由な合意に基づく限り、どのような分配であっても正義である」と主張する。そこには、「過程さえきれいなら結果は問わない」という強い姿勢がある。しかし、パイの取り合いが不可逆的な損失を生み、選好のくじと構造的な格差が重なっていく現実を前にすると、そのミニマルな正義論はどこか空虚な模型に見えてしまうのである。

「行動したやつが勝つ」「人生は運じゃない」。堀江貴文のような影響力ある人間がこうしたスローガンを繰り返すとき、そこには生存者バイアスが巧妙に隠されている。行動して成功した少数者だけが語り手として可視化され、行動しても沈んだ多数の人間は物語から消される。さらに、そもそも「行動したいと思える性格」や「失敗してもやり直せる資源」を持って生まれたこと自体が、巨大な運の配当であることが意識されないまま、「努力」という美しい語で包み直される。この二重の意味での「運の隠蔽」が、私にはどうにも耐えがたいのである。

どういう選好を持って生まれるかは、運でしかない。リスクを楽しめるかどうか、人前で話せるかどうか、競争をゲームとして受け止められるかどうか。これらは自己啓発書が語るような単純な「思考のクセ」ではなく、遺伝と環境と偶然の産物である。であるならば、「行動したやつが勝つ」と言い切るのは、「そういう選好を持って生まれた者が有利になる」と言い換えた方が正確であろう。そこには努力の要素もあるにせよ、それを全面に出した途端、運と構造の問題は視野から追い払われてしまう。

しかも、影響力のある人間のメッセージは、アルゴリズムとメディアの連携によってひたすら流れ続ける一方で、マイナーな声はほとんど届かない。ここにも不可逆性がある。一度フォロワー数と露出を獲得した者は、そのプラットフォームの構造そのものに乗って、自分の物語を再生産し続けられる。逆に、少数者の異議申し立ては、どれほど論理的であっても「ノイズ」として扱われる危険を免れない。こうして、「行動したやつが勝つ」「人生は運じゃない」といった勝者の物語が、ほとんど反論の届かない場所で常識に変貌していくのである。

この構図を眺めながら『ソクラテスの弁明』を読むとき、私は古代の哲学者の声が、現代のインフルエンサーのノイズに対する鋭いカウンターとして聞こえてくるのを感じる。ソクラテスは裁判の場でこう言う。「彼らは私を殺すことはできるが、害することはできない」。肉体を破壊され、名誉を奪われ、死刑判決を受けたとしても、彼にとって本当の「害」とは、正しく生きようとする魂を自ら裏切ることでしかない。ここでは、苦痛の有無や外面的な敗北は、善悪や幸福の決定的な基準ではないのである。

ソクラテスはまた、死を夜と昼の比喩で語る。昼、人々はろくなことをしない。むしろ夜に静かに眠っている方が、よほど善いのではないか。そこには大衆批判のニュアンスもあるが、単純に「死=悪」とは考えない態度がうかがえる。死がもし「夢も見ることのない眠り」のようなものであれば、それは決して最大の害ではない。むしろ、雑音と不正と愚かさに満ちた「昼」の生よりも、静けさという点では優れているかもしれない。ここでも、「悪の排除」と「善の獲得」はきちんと区別されている。

このソクラテスの死生観と、キケロの「幸福な生を善の獲得によって判断しよう」という提言は、驚くほどよく響き合う。二人はいずれも、「苦痛がない状態」をそのまま最高善とは認めない。重要なのは、魂がどのような状態であるか、どのような善を愛し、どのような対話を生きるかということである。ソクラテスにとって、哲学的対話をやめること、無知を無知のままにしておくことこそが、最大の害なのである。

この基準から見れば、「勝ちたいから社労士になる」「行動したやつが勝つ」といった世界観は、善よりも勝敗を優先させる点で、明らかにソクラテス的な「弁明」とは異質である。彼らは、自らの行動を正当化するために世界を説明している。ソクラテスは、自らの生き方が多数派から見ていかに不利であろうと、「問わないで生きる生は生きるに値しない」という基準を引き下げることを拒んだ。だからこそ彼は、「私を殺すことはできるが、害することはできない」と言い切れたのである。

ここでふと、池田晶子のことを思い出す。彼女はソクラテスを、現代日本語で再び「驚異」として立ち上げようとした稀有な書き手である。彼女の『新・考えるヒント』を、ソクラテスの弁明を読み直したいま開けば、「問うこと」「考えること」そのものが善であるという感覚が再び手触りを持って立ち上がってくるだろう。彼女の文章は、決して勝者の物語ではない。むしろ、マイナーであり続けることを恐れない思考の孤独さにこそ価値を見いだす試みであった。

タレブとマンデルブロの文脈から言えば、「行動したやつが勝つ」というスローガンは、ブラック・スワンやファットテールを無視した危険な物語である。現実のリスク分布は正規分布どころではなく、少数の極端な出来事が結果の大部分を支配する。そこで「勝った」者の物語は、ほとんどランダムなサンプルの一つにすぎないにもかかわらず、後付けの物語によって因果的に意味づけられてしまう。タレブが好んで批判する「ナラティブ誤謬」と「サバイバー・バイアス」は、まさにこうした成功談の構造に向けられている。

にもかかわらず、当のタレブでさえ、ときに「リスクを取らないやつはダメだ」といった過激な言葉を用いるのだから、状況はややこしい。リスクをとることはたしかに重要であり、そこには主体の選択の余地もある。しかし、どの程度のリスクなら取れるのか、失敗したとき何を失うのか、といった前提条件が人によってまったく異なることを忘れた瞬間、「行動しないお前が悪い」という雑な責任論に滑り落ちる。マンデルブロの示したような、構造的な不均衡とゆらぎの大きさを視野に入れるならば、勝者の物語を個人の美徳だけに還元することは、知的にも倫理的にも怠慢であると言わざるをえない。

こう考えるとき、キケロの「幸福な生は善の獲得によって判断しよう」という提案は、きわめてラディカルである。そこでは、「パイの取り合いに勝ったかどうか」は二次的な問題に過ぎない。重要なのは、どのような善を、どのような仕方で愛し、身につけるかということである。知恵、正義、節制、勇気といった古典的徳目を持ち出さなくとも、他者との関係における誠実さや、構造的な不正義に対する感受性、不可逆な損失を生まないように立ち回ろうとする慎み深さなども、現代の「善」の候補として挙げられるだろう。

その意味で、勝ちにいく人間を私は信用できないし、応援したくもない。彼らの独立心そのものは理解できるが、「勝ち」を目指した瞬間に、その独立心は他人への依存に変質する。誰かが負けてくれること、知らないままでいてくれること、声を上げないままでいてくれることに、彼らの成功が静かに寄りかかっているからである。そこでは、ソクラテスやキケロが語った意味での「善」は、きわめて周縁的な位置に追いやられてしまう。

では、マイナーな側にいる私はどうすればよいのか。勝者の物語は、これからもひたすら流れ続けるだろう。社労士資格は「生存競争の武器」として語られ、インフルエンサーは「行動したやつが勝つ」と叫び続けるだろう。その声が本人に届くことはないし、私のような無名の読書日記が世のパラダイムをひっくり返すこともない。それでもなお、ソクラテスは「私を殺すことはできるが、害することはできない」と言った。この言葉を借りるなら、「彼らは私の声をかき消すことはできるが、私の思考を害することはできない」と言うことも、あながち無意味ではないように思われる。

私にできることは、せいぜい、小さな善を獲得し続けることである。キケロが言うような意味での善、ソクラテスが生涯を賭けた善、タレブやマンデルブロが示した「偶然性への感受性」という善。パイの取り合いに参加しないことそのものが、ひとつの選好でありうるという可能性を、文章のかたちで記録しておくこと。大声ではなく、低く長い声で、不可逆性に抗うためのささやかな記録を続けること。そうした営みのなかにしか、マイナーであることの誇りのようなものは見いだせないのだと思う。

『ソクラテスの弁明』を読み終えた今、私は再び池田晶子を読みたくなっているし、タレブやマンデルブロの本を開き直したくもなっている。そして何より、こうしてモヤモヤを言葉にする読書日記そのものが、勝者の物語とは別の場所に小さな「善」を集める試みであるように感じ始めている。善の獲得によって幸福な生を判断するというキケロの言葉を、本当に信じるとしたら、私はどのような読書を積み重ね、どのような言葉を残していけばよいのだろうか。

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