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読書日記620

  テリー・イーグルトン『文学とは何か――現代批評理論への招待(上)』岩波文庫(2014)

■株式会社岩波書店

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つづきをよみすすめた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/06/01/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98619/

  

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日記

200ページ弱まで読み進めた。

内容の軸は文学作品と意味についてであった。

イーグルトンによれば、ハイデガーの後継者ガダマーは、「文学作品の意味」はテクストのみによって抽出できるとは考えなかったとされる。

一方、ハーシュという解釈学者が真っ向から対立。

イーザーという文学者の受容理論(『行為としての読書』)も紹介され、200ページに至るまで現象学、解釈学、受容理論の論争についてイーグルトンが解説した。

ここまでくるともはや要約することも困難なほどに内容が難解になってきた。

そもそも何を論じているのか。

立ち返る。

文学は街に溢れている「注意書き」とは違うことは自明である。

「エスカレーターでは歩かないでください」という文章に文学的な要素はない。

しかし、これが小説のなかのフレーズとして使用されると文学的な表現となる。

イーグルトンによれば、文学作品には固有のコンテクストが存在する(文化的背景、歴史的背景など)。さらにいくつもの「コード」が埋め込まれている。

「歩かないでください」という表現は独り言ではないことが分かる。

そこには「指示」としての意味合いを持つ。

さらに細かいことを言えば「エスカレーターでは歩かないでください」という表現に「ここのエスカレーター」という意味も暗黙の了解で存在している。

「了解」「歴史」「文化」「コード」「コンテクスト」

これらの要素から文学作品というものを哲学的に、論争を交えながら語るイーグルトンの、この本の内容の難しさが伝わってくるかと思われる。

公開日2022/8/19

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