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日記
哲学者ホワイトヘッドは17世紀を「天才の世紀」と表現した。
近代以前と近代以後の認識論の変容は、ある側面で致命的なダメージを人類にもたらした。
そのひとつは間違いなくニヒリズムである。
何回も書いているが、宇宙はただ機械的に運動をしているだけであり、神の存在を疑う態度である。
神なんているわけない、その発想の是非について問うことはここではしない。
そういう背景があり、個人的に17世紀前後の文献にあたることは大事なのではないかと考えるようになった。
そんなとき丁度、16世紀から17世紀を生きた人物の詩集に出会った。
・・・
ここでハッとする一文に目を止めた。
「理性は魂にとって左手であり、信仰は右手である。」
そんな文章であった。
ニュートンでさえも表向きは実証主義者であったが、本心では熱心な信仰家であったことはモリス・バーマンや執行草舟氏が各々の著書で書いている。
神がいるかどうかは正直なところどうでもいいのである。
問題は何かを信ずることへの無関心、英語でいうならばアパシーである。
宗教絡みの問題は今タイムリーで問題となっているので、本ブログは宗教を無条件で肯定するものではない。
認識論と科学、文学の可能性への問いかけである。
公開日2022/10/19