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読書日記1138

        鴻巣友季子『文学は予言する』新潮選書 (2022)

■株式会社新潮社

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日記

100年前からすれば、今や現実がディストピア化しているのでリアリズムがディストピア小説になっているというのが前半の内容であった。

たしかに監視社会化は相当進んだように思う。

合理主義者はそんなことどうでもいいと言うかもしれないが、ネットでは見たいものだけを見るという人間の根源的な欲求に突き動かされ、サイバーカスケード化される点はよく考えるべきである。

良い面も勿論ある。

「これと似たような本はないのか」と思ったときにAmazonはすぐに教えてくれる。

関連する本を提示してくれるので多少は便利である。

自分はそこまでネットを見ないのであまり思いつかない。

他に良い点はいくつかあるかもしれない。

元ネタという言葉があるが、例えば今活躍している朝井リョウ氏や村田沙耶香氏が書いている内容は、100年前に書かれている本が元ネタになっているというのが著者の見方であった。焼き直しとしての現代文学である。

どんな情報があれば未来予測の精度が上がるか。

電車のなかで少し考えた時があったが、歴史は本当に情報源として一番強いのか。

予測というのものを帰納的にアプローチするか、演繹的にアプローチするか。

科学哲学的には演繹が良いらしいのであるが、歴史から得た知見で未来を予測するのは帰納的である。

事実が特殊性かどうか。一回性かどうか。

歴史に共通する普遍的な法則を見つけることがまず一番。

その法則から演繹的に予測できれば理想的だ。

文学は予言する。ならば文学になれるかどうかは、そのフィクションの質に依存する。

フィクションの質とはなにか。

自分の悪い癖がでてしまった。

書き出すととまらない。

公開日2023/9/14

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