つづきを読み進めた。
カール・ポパー『社会と政治 : 「開かれた社会」以後』ミネルヴァ書房(2014年)
山田広昭『ヴァレリー集成Ⅳ』筑摩書房(2011年)
ポール・ヴァレリー『精神の危機』岩波文庫
を読む。
ポパーが説明する。
プラトンは、個人は全体のために存在するのであって、全体は個人のために存在するのではないと言った、と。
この論理がホッブズ『リヴァイアサン』によって体現され、ファシズムへとつづいた。
ポパーによれば、オックスフォード辞典の「個人主義」が意味するところは、「利己主義」が妥当とのことである。
そしてポパーは、「国家は利他的な人間のために存在する」という社会について考える。
というところまで読み進める。
今日の資本主義はどうだろうか。
利他的だろうか。そんなわけはない。最大限に優先すべきは利益である。
とまあ、こんなのは単純で机上の空論にすぎないとは思いつつも、「脱成長VS成長」の対立は今後も注目していきたい。
「地球を救えるのはテクノロジー、そして経済の成長でしかない」
これが真実になるかどうか。
専門家でも意見が分かれている。
僕は、寿命的にはまだ50年生きる。
50年後も100年後も快適な暮らしができるような地球を望む。
つづく
公開日2022-02-18