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日記
本書は暴力が減少中であることをあらゆるデータを提示しつつ解明していくものとなっている。
そして、この本が出たあと、人文系の本に「自己家畜化」という言葉がある程度浸透してきた。
それぞれ分析の角度や領域は異なるのかもしれないが、見解はほぼ一致しているのではないだろうか。
リチャード・ランガムの内容を思い出しつつ、そこで提示された仮説を念頭に自分は本書をじっくりと読んでみたいと思うようになった。
・・・
メモ
“(・・・)ウェブサイト<エッジ>が毎年行っている質問ーーーその年は「あなたは何について楽観していますか?」だったーーーに答えたときも、私は暴力の減少をあげた。すると思わぬ反響があり、歴史犯罪学や国際学の研究者から、私が理解していた以上に、暴力が歴史的に減少してきた事実を裏付ける証拠が豊富にあることを教えられたのだった。” P21
聖書 ≒ wikipedia
⇒矛盾が多い。スティーブン・ピンカーは聖書の内容は「ほぼほぼフィクションである」と書いている。
ホメロスの物語や聖書には数々の暴力的な描写が目立つのだという。それは、当時の世界がいかに暴力で溢れていたのかを示唆するものだという。
また、考古学者が発見した古代の人間の頭蓋骨などに、殴られたり矢で致命傷を負わされた痕跡が多い等の情報が書かれていた。
農耕によって集団生活が始まり、それが少しずつ大きくなり村、町、やがて国家となり、人間が少しずつ暴力の抑止力を得た道筋が提示されていた。
その細部はそれぞれの章に委ねられる。今日は序盤をゆっくり読んだが、やはりベストセラーだけに、非常に読み易い。
”聖書の執筆者たちは、奴隷制や、目つぶし、石打ち、手足切断などの残酷な刑罰に問題があるとは考えもしなかった。慣習や権威への盲目的な追従さこそ重要であり、それに比べれば人間の命などなんの価値ももたなかったのである。” P44
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『この世からすべての「ムダ」が消えたなら:資源・食品・お金・時間まで浪費される世界を読み解く』
メモ
“北京も人口二〇〇〇万あまりを擁する大都市だ。見事なまでに広大な帯水層の上に一しているものの、その帯水層はやはり枯渇しつつある。” P118
帯水層の枯渇によって地盤沈下や列車の脱線につながるのだという。これは新鮮な情報だ。
「水の無駄遣いとは何か」という問いかけは一見、奇妙に見えた。
水は循環し続ける。今では海水からも淡水を得ることができる。
しかしコスト、エネルギー、環境問題など複合的に物事が絡んでいることが分かってきた。
例えば、ダムに異物が混入していただけで1億リットルもの水を捨てるケースについて書かれていたが、地球にはその量があれば相当な人数の渇きを満たすことができたり、作物を育てることができる。
地理的な条件や経済的な豊かさによって「無駄」の定義が変わる。
世界の複雑な問題を考えようと地道にこういった本を読んでみようと思うようになってきた。
ミクロな問題がマクロな問題につながる可能性というものを模索してみたい。
つづく