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日記
また『野生と探偵たち』のつづきを読みたくなったので帰宅途中の電車でちまちま読んだ。
カフェでは『新・動物の解放』を中心に読み進めた。
『新・動物の解放』は立岩さんの本を読んだおかげで動物倫理と平等主義の理論的欠点、及びそれらの背景をある程度つかめたのですんなり読み進んでいる。
立岩さんが長いあいだ考えて『人名の特命を言わず/言う』に書いていたことへの答え(動物の心がどうやって分かるというのだ?といった問い等)を『新・動物の解放』の第六章で答えるとピーター・シンガーが書いていた。
しかし最後までゆっくり読みたいのでしばらく6章まではいきそうにない。
今日は学習性無力感についてピーター・シンガーが語り出した。
この手の本にはだいたい書いてあるような内容であったので、今日は特段新しい発見はなかったが、仕事では思うことがあったので、一応日記でもあるこのラボ読書梟で書き残したい。
・・・
職場から去っていく人の特徴はその職場ごとに違うかもしれないが、自分の職場を去っていく人には共通する点が見え始めて来た。そのことについてどうこう言いたいわけではない。
世の中が鏡のようにみえるのである。
鏡という表現は適切ではないかもしれない。ただ、鏡ににている。
手を抜いて仕事にやる気がなければ、結果としては手を抜いてやる気のない仕事に相応な答えが返ってくる。
毎日全力でやれば、結果として全力でやった分に相応な答えが返ってくる。
勿論質も問われるので量だけの限りではない。
ただ、良いか悪いかは置いて、とりあえず自分のやった分だけそのまま反ってくるようになっている。
そういう仕組みに社会がなっているというのを改めて実感。
自分が奇妙に思うのは、職場に文句ばかり言ったところで、所詮、文句ばかり言うような人間に相応な答えが返ってくるだけのこと、そういうことを理解していない人が意外と多いということだ。
世界が機械論的見えてくれば見えてくるほど、いかに入力と出力が近いか、ということが見えてくる。
勿論それは職場に限ってのことではあるのだけれども。
恋愛だとか友情にはこの話は通用しない。職場は人間が労働者として商品となることによって、その場所が入力と出力が近似してくるわけである。つまり人間性が損なわれる空間であればあるほど鏡のメカニズムの度合いが強くなる。恋愛や友情は入力と出力はバラつきが出ることが多い。そこには人間性が全面的に現れるからである。
人間は冷たい。しかし冷たさにも良い面がある。
冷たければ冷たいほど、入力と出力は近似していく。そして逆説的にそちらのほうが報われるような空間も生まれるのである。発達障害だとか、身体に障がいがあって不利な境遇にいる人はこれを逆手にとって利用するべきだ。この空間では明らかに彼らのほうが有利なのである。大いなるパラドックス。