茶化して踊れ、あなたの最大のライバルは形式にある。
舞踏会場は、図書館と劇場の狭間にあった。床は大理石で冷たく光り、壁には無数の書物が積み上げられている。高い天井から吊り下げられたシャンデリアは、滴るように光を零し、紙の匂いを空気へ散らした。読書と舞踏が奇妙に溶け合い、時間の流れさえ歪んでいるかのようだった。
見えざる審査員――「形式」――が、どこかで彼らを凝視している気配があった。四人は招かれた。課せられた命題はただ一つ。「真剣に踊るな、茶化して踊れ」。
ベイトソンが先に現れた。燕尾服に身を包みながら、片方の靴下だけが派手な縞模様だった。彼はにやりと笑い、足を交差させてわざとつまずき、宙へ向けて言葉を投げる。「二重拘束のステップさ。倒れても踊り、踊っても倒れる」――その第一声は、すでに冗談であり哲学であった。
次いでショーペンハウアーが姿を現す。黒衣をまとい、額には倦怠の影。吐き捨てるように言った。「この舞踏会は意志の悪ふざけにすぎん」。だが足は抗いきれず、一歩を刻んでいた。
カミュは軽やかに歩み入る。白いシャツの袖をまくり、ネクタイを外した姿で。「不条理な舞台だ。だが、不条理を笑わずにどうする?」と呟く。その声には明るさと諦観がないまぜになっていた。
最後にド・マンが登場する。踊ろうとはせず、舞台の中央で冷ややかに言った。「形式に勝てるのは形式だけだ。逆らうなら、まずは模倣から始めねばならない」。
四人が揃った瞬間、音楽が鳴り響く。しかし旋律は途切れ、拍子は揺らぎ、舞踏会全体が不安定に揺れていた。あたかも「形式」そのものが彼らを試しているかのように。
ベイトソンは奇妙なステップを踏んだ。大げさに右足を振り上げ、左足でわざと石につまずく。観客もいないのに、観客を意識したように。
「見てみろよ、アルトゥール。転ぶことと踊ること、区別できるか?」
ショーペンハウアーは重い溜息を吐いた。「区別するまでもない。どちらも意志の徒労だ。世界は苦しみの舞踏会、音楽はその伴奏にすぎん」
ベイトソンは朗らかに笑う。「苦しみが伴奏なら、なおさら茶化さねば! ユーモアは背景をずらす装置だ。君の悲観を半歩ずらせば、それは即興のギャグになる」
ショーペンハウアーの眉がわずかに動いた。彼は渋々一歩を踏み出し、低く答える。「茶化しは痛みを覆い隠す仮面にすぎん。だが……仮面をかぶらねば、人は踊れぬのかもしれん」
その瞬間、音楽はかすかに明るみを帯びた。まるで「形式」が二人の応酬を承認したかのように。
舞台の中央にド・マンが進み出る。「形式を笑い飛ばせるとでも? 笑いは表層をなぞるにすぎない。形式を突き崩すには、内部から言葉を空洞化させねばならない」
カミュは軽やかに回転し、宙に袖を翻した。「内部からの空洞化? それこそ不条理の仮面さ。だが僕は踊る。不条理そのものを踊ること、それが僕の抵抗だ」
ベイトソンが割り込む。「不条理も、二重拘束の一部さ。だが面白いだろう? 冷笑に対して、身振りで返すことができるのだから」
ショーペンハウアーが低く呻いた。「形式から逃れられぬ……だが形式を笑うことは、せめて痛みを半分に減らす」
四人の言葉が重なると、音楽は奇妙な転調を始めた。弦は軋み、管は裏返り、リズムは跳ね回る。「形式」そのものが彼らを試していた。
音楽は混沌へと崩れた。ヴァイオリンは悲鳴をあげ、トランペットは痙攣するような音を吐いた。拍子は崩壊し、四人の足取りは四散した。
ベイトソンは床に倒れ込んで笑った。「これもまた踊りさ!」
ショーペンハウアーは額を押さえ呻く。「世界そのものが狂気の舞踏だ……音楽は意志の叫びにすぎん!」
カミュは旋律なき空間を踏みしめた。「秩序なき音、それが僕らの不条理だ。だが笑って踊ろう。笑いこそ唯一のリズムだ」
ド・マンは中央に立ち、冷ややかに見つめた。「形式は自壊する。だが自壊もまた形式の一部だ」
壁に積まれた書物が崩れ落ち、紙片が雪のように舞い散る。文字が風に裂かれ、空を漂う。形式そのものが砕け、舞踏会は瓦解していった。
静寂。音楽も形式も崩壊し、瓦礫と紙片だけが残った。
ベイトソンは倒れたまま両手を広げ、紙片を宙に投げた。光を反射した比喩が舞い、「ギャグは残骸に咲く花さ。形式が壊れたなら、ズレを笑いに変えて踊ろう」と告げる。彼の笑いは光の粒子に変わり、一瞬を永遠に引き延ばしていった。
ショーペンハウアーは目を閉じ、一歩ごとに円を描いた。床から低音が響き、宇宙の鼓動と重なり合う。「意志は苦しみだ。だが歩むことが舞踏なら、苦しみもまた踊りだ」。その一歩は時を膨張させ、一時間が永遠に感じられた。
カミュは瓦礫の上に立ち、肩をすくめ笑った。両腕を広げると、本のページが翼のように舞い上がる。「不条理に勝つ術はない。だが笑いながら続けることはできる」。彼の姿は朝日であり、時間の境界を溶かす光そのものだった。
ド・マンは破れた文字を拾い、口に含んで告げた。「意味は消えた。だが無意味を繰り返すこともまた舞踏だ」。その声は空虚を満たし、言葉・音・沈黙が無限に循環した。
四人は視線を交わした。形式はもはや審査員として存在しない。だが、彼らの踊りの中に影のように残っていた。
笑い、嘆き、抵抗し、空洞化しながら――彼らは茶化しと踊りを続けた。その姿は永遠の幻景であり、一頁が宇宙の永劫を孕む壮大な光景であった。
その時、瓦礫の隙間から微かな囁きが立ち上った。耳ではなく、骨の奥に響く声。かつて審査員であった「形式」の残響だった。
「私は終わらぬ。壊れても、君らの踊りに寄り添う影として残り続ける。笑いにも、嘆きにも、抵抗にも、無意味にも、必ず形が宿る」
囁きはやがて風に溶け、光とともに消えた。しかし四人は知っていた。形式は消滅せず、姿を変えて彼らの踊りに浸透していくのだと。
永遠の舞踏は、形式の余韻とともに続いていた。
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