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哲学・文学・社会・実践・ユーモアを横断する読書日記アプローチ

この読書ブログ「読書梟」では、日々の読書を通じて考えたことを記録しています。

読書ブログシリーズ全目次|哲学・文学・社会・実践・ユーモアを横断する読書日記アプローチ

読書は地図である。
地図は道を示すが、歩くのは読者自身だ。

この「読書ブログシリーズ」は、私の読書日記アプローチをまとめたものだ。
哲学と文学、社会と実践、そしてユーモア――それらが枝分かれしつつも、円環を描いて交わる。

ここにあるのは、五つの道。
どこから入ってもよいし、迷ってもよい。
むしろ迷うことこそ読書の本質であり、誤配のなかでこそ倫理や発見は立ち上がる。


第1部:哲学と思想を読む

倫理・自由・形式・世界観――哲学的な読書は、日常の問いを普遍的な思索へと開いていく。
ここでは、読書がそのまま哲学の入口となる。

▶︎ この部の入口記事 → 高橋和巳『悲の器』と孤独の倫理


第2部:文学と孤独の読書

文学は孤独を描き、孤独を普遍化する。
太宰・カフカ・サルトルから現代文学まで――ここでは文学が哲学と交わる瞬間を追う。

▶︎ この部の入口記事 → 村上春樹のズレと沈黙をめぐる読書


第3部:社会・文化・制度を読む

教育、働き方、公共性――読書は制度の裂け目を照らす。
本を通して社会を読み直すことは、自分自身を社会にどう位置づけるかの試みでもある。

▶︎ この部の入口記事 → 情報格差と読書の自由


第4部:読書日記アプローチ実践編

方法は思想であり、思想は方法である。
読書日記アプローチを実践的に展開し、章ごとの要旨、引用の工夫、思索の地図を提示する。

▶︎ この部の入口記事 → 読書日記アプローチ宣言


第5部:ユーモアと誤配の読書

ユーモアは真剣さの影であり、誤配は読書の本質である。
語感の快楽とズレの面白さ――笑いのなかで哲学はひそやかに生き延びる。

▶︎ この部の入口記事 → 焦りすぎてアリストテレス読む


おわりに

「読書ブログシリーズ」は、単なる書評の集積ではなく、読書と思索をめぐるひとつの旅の地図である。
記事同士を行き来しながら、迷路のように、あるいは円環のように読んでいただければと思う。

もし気になるテーマがあれば、ぜひコメントやSNSでシェアしていただければ嬉しい。
読書をめぐる対話が広がっていくことこそ、このシリーズの本望だからだ。

📚 読書ブログシリーズ全目次をもう一度見る

この記事もまた、読書梟の読書ブログの一ページとして積み重なっていきます。

平成生まれです。障がい者福祉関係で仕事をしながら読書を毎日しています。コメントやお問い合わせなど、お気軽にどうぞ。

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