うしろめたい読書日記からタレブ的読書日記へ — 小銭をはたくことのアンチフラジル性
筆者:読書梟
※参照読書日記
序章:『うしろめたい』の正体
「読まずに買った」「積ん読が増えた」「本棚があふれている」——そんな告白は、読書にまつわる会話の定番だ。SNSで本の写真を挙げるたびに、「読み切れてるの?」という心ないリプが飛び交う。なぜ人は本を買うことにうしろめたさを感じるのだろうか。
消費の倫理観、時間の有限性、自己規律のイメージ——これらが複合して、買うことそのものを疑わせる。だが待ってほしい。買う行為そのものを、別の視点で読み替えてみよう。本は浪費ではなく「小さな賭け(オプション)」であり、その集合体がアンチフラジルなポートフォリオを作り得る。それを示してくれる思想が、ナシーム・ニコラス・タレブの『アンチフラジル』だ。
本書(この記事)の目的は単純だ。うしろめたい読書日記を出発点にして、タレブ的に再構築し、「買うこと」の倫理的・実践的意味を問い直す。買うことをやめろとは言わない。むしろ、賢く買って凸性を増し、凹性を削ぎ、生活のアンチフラジル性を高めよう。
第1章:本はオプションである — 凸性を読む
タレブは変動に対して恩恵を受ける性質を「アンチフラジル」と呼ぶ。そこで重要なのは、結果が非対称であるかどうか、すなわち小さく払って大きく得られるかどうかだ。本という媒介は、まさにその非対称性を孕んでいる。
たとえばあなたは古本で220円の背表紙に惹かれ、衝動買いする。多くの場合その本は読み終えず、売りに回すことになるかもしれない。そこで得られるのは数百円〜数千円程度かもしれない。だが極稀に、その本の一節があなたの思考を変え、仕事の決断を変え、新しい文章や企画を生み、それが数十万の収益や評価に結びつくことがある。この一点の跳ねが、複数の小さな支出を圧倒的に有利にする。
確率的には小さいが、利得(ペイオフ)は大きい。これが凸性(convexity)だ。投資で言えばオプションに似ている。少額のプレミアムを払い、将来の大きな利益の可能性を買う。読書の世界でも、買うことはプレミアムを支払う行為であり、そこに込められた思考の触媒が大きな非線形性をもたらす。
凸性が生じる具体例
- アイデアのインスピレーション:あるフレーズが企画を生む。記事や書評が大量のトラフィックを引き、依頼や仕事が舞い込む。
- リセール(転売):仕入れた本が希少性を帯びる。適切なタイミングで売れば投下資本以上の回収がある。
- 知的ネットワーク:あるタイトルをきっかけに会話が生まれ、それが人脈のきっかけになる。仕事のコラボレーションに繋がることもある。
これらはいずれも確率的であり、個別の期待値は不安定だ。しかしポートフォリオとして分散することで、凸性の恩恵を累積的に受けることができる。
第2章:バーベル的読書ポートフォリオ — 安全と投機の並置
タレブのバーベル理論は単純だ。資産の大部分を安全資産に置き、小さな割合を高リスク高リターンに振る。読書にも同様の配分が効く。
安全側(ベースライン)に置くべきは、あなたの仕事や生活に直接資する書物だ。実務書、基礎教養、名著と呼ばれるもの──これは知的インフラであり、安定したリターン(スキル、基礎知識、教養)をもたらす。一方で投機側には、雑本、古本屋での掘り出し物、ジャンル横断の“好奇心の種”を置く。単価は低く、勝率は低い。だが当たりのときの跳ねは大きい。
実践的配分例(読書バーベル)
- 安全資産:70〜90%(仕事、基礎、定番)
- 投機(オプション):10〜30%(雑本、古本の掘り出し、読みたい衝動)
ここで重要なのは「投機側のもうけがなくても生きていける」ことだ。これがバーベルの肝だ。もしあなたが月に30万円を本に回しても貯金が増えているのなら、既に生活の安全側が厚いのだろう。だからこそ投機側に大胆に振れる余地がある。
第3章:小さな賭けの数理学 — 頻度と期待値の操作
賭けに勝つためには期待値を上げる以外にない。読書ポートフォリオの期待値は次の要素で決まる。
- 購入頻度(数を打つ)
- 1回あたりのコスト(小さく保つ)
- 回収機会(転売やアイデア化のルートの多さ)
あなたのケースでは、月に30万円を投じつつ貯金が増えるのは「数を打ち」「コストを相対的に小さく」保っているからだ。220円で買って480円で返るようなヒットが20冊に1回の頻度で起きるなら、それだけで回収率が上がる。だが先に示したように、固定コスト(梱包・送料・時間)によっては期待値が変わる。重要なのは、各賭けのコストを下げ、転売・コンテンツ化のチャンネルを増やすことで期待値を上げることだ。
数理的な直感
- 多数の小さい試行(law of large numbers的適用)ではなく、多数の小さなオプションを持つことが望ましい。確率の平均化は役に立つが、非対称性(凸性)を保つことが本質的だ。小さな損失は受け入れ、大きな利得の可能性を最大化する。
第4章:via negativa — 捨てる勇気と負の除去
タレブが重視するのは「足し算ではなく引き算」だ。不要なものを取り去ることでシステムはより強くなる。本の世界でも同じだ。不要在庫は空間コスト、劣化リスク、心理的負担を生む。これらは凹性(concavity)にほかならない。
実践ルール(捨てる作業)
- 定期的に棚を見直す(月1回)。下位20%(読まない・売れない・意味が薄い)をリストアップする。
- 売る/寄付する基準を明文化する(買値の何%以下なら処分、1年未読なら処分など)。
- 処分は負の除去——在庫が減れば管理コストが下がり、精神的な余裕が生まれる。
via negativaはエレガントだ。捨てることはつまらないが、アンチフラジル性を高める最も効率的な方法の一つである。
第5章:本を資本に変える — 二つの回路
本を資本に変える方法は主に二つある。
- 転売(現金化):古本の目利きや希少本の発見で一時的に大きな回収を得る。これは短期的な現金の増加。流動性を高める装置として有効。
- 知的資本の転換:読んだ内容を記事化・講演化・商品の種にすることで長期的な収益を生む。これはストックとしての価値が持続する。
理想は両者の併用だ。転売で短期のキャッシュを獲得し、知的資本で長期的に収益化する。転売はしばしば運とタイミングを要するが、知的資本は再現性が高く、自らコントロールできる面がある。
第6章:実践ワークフロー — タレブ的読書日記の作り方
以下は実際に使えるワークフロー。週次・月次で回す。目的是「凸性を増やし、凹性を削ぐ」こと。
週次フロー
- 買う:月予算を二分割(70/30)。70%は必須系、30%は発見系に回す。予算内で買う。
- 記録する:買値、購入店、購入理由、出品情報、読了フラグ、アイデアメモを1行で記録。簡易スプレッドシートで十分。
- 出す:読まずに売る判断は早めに。見込み薄いものはまとめ売り。
月次フロー
- 棚卸:在庫500冊なら毎月20〜30冊の棚卸を行う。下位20%をピックアップして売却or寄付。
- KPIレビュー:転売収益、記事化からの反応、月の出費を確認。重要指標のみを追う(例:転売ROI、記事1本当たりのPV/収入)。
年次フロー
- バーベル見直し:投機割合が多すぎれば削り、少なければ増やす。生活の変化に応じて調整する。
- 知的キャピタルの換金計画:過去1年の読書で生まれたアイデアを具体的に商品化する(小さな商品でも可)。
第7章:道具とオペレーション — コストを下げ、回収を上げる技術
期待値を改善するには、各回のコストを下げ、回収確率を上げることだ。以下は具体的施策。
コスト削減
- 梱包材はまとめ買いで単価ダウン。重量別に発送方法を最適化する。
- 発送作業はバッチ化(週1〜2回作業)で時間コストを削減。時間は最も高価な資源だから効率化しよう。
- 在庫の保管を最適化(湿気・日焼け対策)、劣化による価値喪失を防ぐ。
回収率向上
- 出品文のテンプレ化:写真3枚+状態コメント+キーワードは標準化しておく。SEO的なヒット率が上がる。
- 複数チャネルを活用:メルカリだけでなくヤフオク、ブックオフWEB査定、専門店の委託販売も使い分ける。ジャンルに応じて最適な市場を選ぶと回収が上がる。
- コンテンツ化の導線づくり:買った本から短いメモ(3行)を毎回書き、月1本はそれをもとに記事を書く。コンテンツが増えるほど知的資本の換金期待は高まる。
第8章:倫理とパブリック・バイアビリティ — スキン・イン・ザ・ゲームとしての読書
タレブは「スキン・イン・ザ・ゲーム」を重視する。自分の資を投じることで、思考や主張に責任が生まれる。読書は個人的な行為であると同時に、公的な言説の源泉でもある。買って学ぶ者は、学びを公に還元するとき、その信頼性を担保しやすい。
しかし注意も必要だ。著者や他者の知的財産をリスペクトし、商業化の際には出典を明示する。転売ビジネスも倫理的に行い、たとえば希少本の買い占めで市場を歪めるような行為は避けるべきだ。
終章:もっと本を買おう(しかし賢く)
ここまで読めばわかるだろう。買うことは浪費でも罪でもない。それはアンチフラジルな行為だ。小さく払って大きく得る可能性を買い集めることで、あなたの知的資産は強化される。だがそれは無制限の散財を正当化するものではない。重要なのは測定、減損(via negativa)、そしてマネタイズの回路づくりだ。
最後に、読者への短い提案を掲げてこの記事を閉じる。
今週のミッション
- いつものコーヒー1杯を我慢して、代わりに古本を1冊買おう。買ったら1行メモを残す。
- 在庫があるなら下位20%を洗い出し、売却または寄付する。負の負債を減らそう。
- 月に1本、買った本を元に1000字の短文を書く(ブログ、note、メルマガどれでも良い)。アイデアを外に出す習慣をつける。
本を買い、触れ、失敗し、学べ。うしろめたさは消え、そこに小さな投資がもたらす確かな自由が残るだろう。
— 読書梟
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