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新・読書日記647(読書日記1987)

この読書ブログ「読書梟」では、日々の読書を通じて考えたことを記録しています。

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日記

今日も何とか一日をやり過ごした。毎日読むこと・書くことだけはどうにか維持している。その綱渡りのような一日の終わりに、エピクテトスやラプラスやソクラテスの言葉を拾い上げ、自分の倫理をかろうじて確認し直している、というのが正直なところである。

エピクテトスはこう言う。「哲学する者の最も重要で第一の仕事は、もろもろの心像を吟味し、判別し、吟味されていないものはなにひとつ受け入れないことである」。この一文が、今日の読書の中心に座り続けていた。自分の頭の中を見つめてみると、「吟味されていない心像」によって占領されている領域があまりにも広い。たとえば、「自分は恋愛において選ばれない人間だ」という心像。「婚活で敗北を重ねた自分には、これからも同じ敗北が続くだろう」という心像。「強い性欲を持ちながら孤独であり続ける自分は、どこか間違っている」という心像。これらは一見、経験に裏打ちされた「現実的認識」のように見える。しかし実際には、ごく限られたサンプルと、疲弊した心のバイアスから立ち上がった物語でしかないのではないか。

同じ日に読んだ『確率は迷う』の冒頭近くで、ラプラスの古典的定義が紹介されていた。「ある事象の確率は、その事象を支持する場合の数の、すべての起こり得る場合の数に対する比である。ただし、どの場合も他の場合よりも起こりやすいと信じるべきものが何もなく、すべてが同等に起こりやすいと思えるときである」。この「すべてが同等に起こりやすいと思えるとき」という条件に引っかかる。現実の人生において、「同等に起こりやすい」と冷静に言える場面など、ほとんど存在しない。にもかかわらず、私の心の中では、「失敗の確率」だけがなぜか異常に高く見積もられ、「成功の確率」は最初からゼロに近い値として処理されてしまう。これはラプラス的な意味での公平な確率ではなく、「傷ついた心像が勝手にいじった確率」にすぎない。

エピクテトスの言う「心像の吟味」とは、こうした自動的な確率操作を疑うことに近いのだと思う。「どうせ自分は選ばれない」「どうせ婚活しても無駄だ」「どうせ性的な欲望は孤独に終わる」。この「どうせ」を、そのまま事実として採用するのか、それとも一度立ち止まって、「本当にそう言い切れるだけの根拠があるのか」と問い直すのか。哲学するとは、その問いを面倒がらずに繰り返す行為である、と今日あらためて感じた。

エピクテトスは別の箇所で、ソクラテスの有名な言葉を引きつつ、死と害の区別を語る。「アニュトスもメレトスも私を殺すことができるが、私を害することはできないのだ」。この「害することはできない」という部分に、ストア派の強靭さが凝縮されている。外的な出来事――肉体の死、名誉の失墜、財産の喪失――は、「殺す」ことはできるが、「害する」ことはできない、と彼らは言う。ここでいう「害」とは、おそらく魂の堕落、人格の崩壊のことである。つまり、「生き延びるために不正を選ぶ」ことは魂にとっての害だが、「不正を選ばずに死ぬ」ことは害ではない、という逆転がある。

しかし、頭では分かっていても、現実の生物としての私は、死を恐れる。死が間近に迫れば、おそらく心臓は早鐘を打ち、手足は震え、呼吸は浅くなるだろう。その身体的な恐怖と不安を、エピクテトスやソクラテスは本当に「誤り」と断じているのだろうか。今日読みながら気づいたのは、彼らが批判しているのは、おそらく「恐怖という第一反応」そのものではなく、「死を最大の悪とみなし、そのためなら何をしてもよいと自分に許可してしまう判断」の方なのだ、ということである。恐怖を感じることは自然であり、その恐怖の言いなりになって魂を曲げることが問題なのだ。

この区別は、自分の生活にもそのまま当てはまる。私は、孤独が怖い。恋愛において選ばれないことが怖い。性欲が行き場を失ったまま老いていくことを想像すると、ぞっとする。その恐怖自体を否定し、無理に「恐れない自分」を演じることには、どうにも嘘くささしか感じられない。しかし、その恐怖を理由にして、「だから他人を手段として利用してもいい」「だから自分の身体と心をただの消費の対象として扱ってもいい」と言い訳を始めた瞬間に、何かが決定的に壊れる予感がある。

そこで思い出すのが、カントの定言命法である。「他人を決して単なる手段としてのみ扱ってはならない」という命題を、私は最近ずっと頭の片隅に置いている。これは対他関係の倫理としてよく引用されるが、自分に引きつけて読むならば、「自分自身をも、単なる手段としてのみ扱ってはならない」という命題として読み替えたい。婚活市場の中で、自分を「条件のパッケージ」「マッチングの駒」としてだけ見始めるとき、自分を手段として扱っているのは、他ならぬ自分かもしれない。性欲の処理において、自分の身体と心を「余剰な欲望の排泄装置」としてしかみなさないとき、そこでもまた、自分を徹底して手段化している。

執行草舟は「自分なりの正しさを追求せよ」と言う。それは、誰かが与えた道徳をそのままなぞることではなく、自分の経験と痛みと欲望を素材にしながら、「自分はどこだけは譲らないのか」を探っていく営みである。私の場合、その最低ラインとして今のところ残っているのは、次のようなものだと感じている。他人をできるかぎり手段として扱わないこと。自分自身も、社会的成果や他者評価のための道具としてだけ処理しないこと。不正を可能な限り避け、自分なりに「これは引き受けられる」と思える行為にとどめること。そして、そのための最低限の修行として、毎日かならず読書をし、読書日記というかたちで心像を言葉に固定しておくこと。

「快楽と苦痛の等価交換」という言い方を、私は自分の生活のパターンに対してよく使ってしまう。性欲を満たせば、その直後に虚しさと自己嫌悪がやってくる。婚活で少し期待を持てば、その分だけ大きな敗北感が請求書のように届く。他人の幸福そうな姿を見れば、「自分にはないもの」のリストが脳内に自動生成される。快楽や希望を持つたびに、ほぼ同じ重さの苦痛が返ってくるような感覚がある。これでは、どれだけ動いても「等価交換」の範囲から出られない。それでもなお生きていかねばならないとき、何が第三の回路になりうるのか。

その問いに対する、今のところの仮の答えが、「読書と読書日記」である。快楽→苦痛で終わらせるのではなく、そこからさらに一歩、「快楽と苦痛を、問いと文章に変換する」回路を挟み込むこと。それが、等価交換からほんの少しだけレートをずらす試みである。性欲の虚しさも、婚活の失敗も、他人の幸福への嫉妬も、そのままではただの損失である。しかし、それらをエピクテトスやラプラスやカントの言葉と接続し、「なぜ自分はこう感じるのか」「どの心像を事実とみなし、どの心像を疑うべきか」と書きつけるならば、その経験はかろうじて「思想の素材」に変わる。

エピクテトスの言う「心像の吟味」とは、たぶん、この第三の回路のことなのだ。感情の第一波を否定するのではなく、そのあとで出てくる物語を一度テーブルの上に広げ、「これは採用する」「これは削る」「これは保留」と仕分ける作業。それを可能にするために、読書によって概念や比喩を補給し、読書日記によって自分の判断の軌跡を残しておく。世界の確率分布がどうであれ、自分の内部で「失敗確率だけを100%に設定する」ような心像操作だけは、少しずつ修正していきたい。

とはいえ、私はいまも死が怖いし、孤独も怖いし、何より「これからもずっと等価交換が続くのではないか」という予感が怖い。その恐怖を完全に克服して、ストア派の「自由人」と名乗るつもりはない。ただ、恐怖に舵を明け渡して、「だから不正も仕方ない」「だから他人を手段として利用してもよい」「だから自分を消耗品として扱っても構わない」と開き直る地点までだけは、どうにか踏みとどまりたい。そのための、ささやかな支えとして、今日も本を開き、こうして数千字を書いている。

どんなときも、何かを肯定しながら生きたい――そう願う自分が、ここにいる。肯定の対象は、状況によって変わるだろう。今日は、「怖がりながらも、それでも心像を吟味しようとしている自分」を肯定しておきたい。明日は、また別の何かを肯定することになるかもしれない。それでも、「吟味されていない心像は受け入れない」という態度と、「他人も自分も単なる手段にしない」という芯さえ残っていれば、私はまだ、自分なりの正しさを追求していると言えるのだろうか。

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