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新・読書日記657(読書日記1997)

読書ブログという形をとりながら、私自身の思索と読書体験を交差させてみたいと思います。

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日記

今日も例によって、電車の中ではトルストイと新書を開いていた。自分で書いていても「例によって」という感じしかしないのだが、今日のそれは、いつもより少しだけ体の疲れが濃くて、紙の手触りがやけに重かった。二日で八時間分の残業を積み上げた身体は、トルストイの農夫たちより先にくたびれている。ページをめくりながら、「課長以上はこれが当たり前なんだろうな」と、まだ課長にもなっていないくせに、なったふりをしてため息をついた。これが何年も続けば、そりゃあ髪の毛の一本や二本は抜け落ちるだろう、という妙にリアルな予感までついてくる。

それでも、不思議と「いやだ、逃げたい」という感情だけでは終わらない。むしろ、ここ数日の自分は、アフター5だのワークライフバランスだのと言いながら、夕方からプラプラと浪人のように遊びほうけていた頃より、よほど「生きている」感じがある。世のため人のため、というほど大げさなものではないにせよ、少なくとも、誰かの生活や将来に自分の時間がくっついている。自分の生命をすり減らしている感覚と、自分の生命を燃焼させている感覚が、同じ火の中でごちゃ混ぜになっている一週間だった。

仕事の中身そのものも、少しずつ変わってきている。責任の所在がはっきりしないグレーなゾーンを、自分で線を引きながら歩く場面が増えた。誰かが決めてくれた手順をこなすのではなく、「これでいいのか」「こうするしかないのか」と自分で判断して、後からその判断を自分で引き受けなければならない場面である。ああ、こういうところから「管理職のつらさ」というやつはにじんでくるのだな、と少しだけ腑に落ちた。たぶん課長以上の人たちは、これをもう少し高い解像度で、毎日、何年も続けているのだろう。

そんな仕事の合間に、昨日読んだ新書の内容がふと浮かんでくる。そこに登場していたのは、「正社員にならない人」「なれない人」たちだった。非正規雇用、フリーター、短期バイトを転々とする人々。著者は中立的に描こうとしていたが、読んでいるこちらの胸には、どうしてもモヤモヤした感情が渦巻いた。正社員になれない事情はそれぞれにある。家庭の事情、病歴、学歴、単純な偶然。しかし、ページをめくりながら、心のどこかで「根本的に何かが欠けているのではないか」と思ってしまった自分がいた。その「根本的に」という言葉の残酷さに、自分で少しうんざりしながらも、じゃあ「何が欠けていない人」なのかと問われると、うまく言葉にできない。

一方で、昼間の自分は、その「正社員になれない人」の一部を、就労支援という福祉の枠組みの中で支えている。ここに、今日一番のジレンマがある。制度上は「支援」する側でありながら、心のどこかで「この人たちは、致命的に仕事が遅い」と感じてしまう瞬間があるのである。悪意というほどのものではないが、苛立ちと諦めが入り混じった、とてもよろしくない感情である。

今日も、いくつかの簡単な作業をお願いした。書類のファイリング、簡単なデータ入力、机の上の整理。どれも、説明だけなら数分もかからない。だが、実際にやってもらうと、その「数分」がいつの間にか「数十分」になり、気がつけばこちらの残業時間に静かに上乗せされている。作業そのものが難しいわけではない。手順も、それなりに分かりやすく並べたつもりである。それでも、進まない。手が止まる。視線が宙をさまよう。たった一枚の紙をどこに差し込むかで、時計の針が何周もしてしまうような時間の流れ方をする。

何度か声をかけ、隣で一緒に手を動かし、それでも遅い。その「遅さ」に直面していると、「根本的に」という言葉が、またじわじわと頭をもたげてくる。根本的に何が違うのだろう。処理速度なのか、集中力なのか、危機感なのか。IQテストでは測れない何か、で片づけてしまうのは簡単だが、簡単な説明ほど、あとで自分の首をしめる。福祉の現場で、「根本的に欠けている」とラベリングしてしまった瞬間、その人の変化可能性を、自分のほうから閉ざしてしまうからである。

とはいえ、実務の場では、抽象的な「可能性」だけでは回らない。明日も書類は山のように積み上がり、締め切りは容赦なく迫ってくる。正社員として給与をもらっている以上、一定の速度で仕事を処理する責任がある。その速度の感覚に乗ってこられない人を前にすると、「支援」と「切り捨て」の境界線が、足元でぐらぐらと揺れ始める。正社員になれる人となれない人の違いが、なんとなく肌で分かるようになってきたような気がした今日一日だったが、その「分かったような気がする」感覚こそ、いちばん危ういのかもしれない。

電車の中でトルストイを開きながら、ふとレーヴィンの農作業の場面を思い出した。貴族である彼が、農民と一緒に汗を流しながら、労働の意味について考え込むあの場面である。レーヴィンは、肉体労働に参加することで、社会的な階級差を一時的に越えたような錯覚を得る。しかし、日が暮れて屋敷に戻れば、彼はやはり貴族であり、農民たちはやはり農民である。その断絶は、汗を一緒に流しただけでは埋まらない。今日の自分の残業も、どこかそれに似た後味を残している。長く働いたという事実によって、利用者と自分のあいだの距離が縮まったような気がしないでもないが、帰りの電車でトルストイを読んでいる時点で、やはり自分は「正社員側」の線のこちらに立っている。

昨日の新書の中で、繰り返し出てきた言葉の一つに、「自己責任」というものがあった。著者はそれを安易に振りかざす風潮を批判しながらも、完全に否定はしきれていなかった。たしかに、社会構造の問題や制度の歪みだけで、全てを説明することはできない。個人の選択や習慣、時間の使い方の違いも、確かに存在する。しかし、今日向き合った「致命的な遅さ」は、単に「自己責任」と切って捨てるには重すぎるし、だからといって「全部社会が悪い」で済ませるには、現場の時間があまりに有限である。

結局のところ、正社員になれる人と、なれない人との違いは、一つの要素で説明できるようなものではないのだろう。学歴、家庭環境、健康状態、対人スキル、そして単純な運の良し悪し。そうしたものすべてが、長い時間をかけて混ざり合った結果として、今ここに目の前の「仕事の速さ」「仕事への構え」が立ち現れている。その複雑さを、現場でいちいち噛み砕いている余裕はない。だからこそ、「根本的に何かが欠けている」と一言で片づけてしまう誘惑が、いつもすぐ手の届くところにぶら下がっている。

一方で、自分自身も、少し前までは「アフター5にプラプラ遊びほうける側」にかなり近かったのではないか、という感覚も消えない。たまたま今の職場に拾われ、たまたま責任を持たせてもらい、そのたまたまに何とか応えようとしているうちに、「正社員になれる人」のカテゴリーに押し込まれたにすぎないのではないか。もしあのとき別の分岐を選んでいたら、今ごろ自分が就労支援の「利用者」の立場にいてもおかしくなかったのではないか。そう考えると、「根本的に欠けている」の「根本」は、どこまでが本人で、どこからが社会なのか、ますますわからなくなってくる。

二日で八時間の残業は、体力的にはそれなりにきつい。肩は重く、目はしょぼしょぼし、鏡を見ると額のあたりがほんの少し後退したような気さえする。だが、その疲労感の中には、変な言い方だが、「ちゃんと悩んでいる」という手応えも混じっている。プラプラ浪人のように遊びほうけていた頃の疲れ方は、もっとぼんやりしていて、夜になっても自分の一日をどこに置いていいのかわからない種類のだるさだった。今の疲れは、少なくとも、自分の一日が他人の時間と絡まり合った結果としてやってきている。どちらが幸せかは簡単に言えないが、少なくとも今週の自分は、後者を選んでいる。

それでもやはり、支援の現場に立ちながら、「この人たちは根本的に遅い」と感じてしまう自分を、どう扱えばいいのかが分からない。速度を求めなければ現場は破綻する。速度だけを求めれば福祉ではなくなる。その間で揺れ続ける自分自身もまた、「根本的に何かが欠けている」側にいるのかもしれない。責任感か、寛容さか、あるいはただの余裕か。残業で削られているのは髪の毛だけではなく、自分の中の何か大事なものなのではないか、と少し怖くもなる。

そんなことを、トルストイの活字と、新書の事例と、今日の残業時間とを頭の中でかき混ぜながら考えていた。管理職のつらさをほんのさわりだけ舐めて、「世のため人のため生命を燃焼している」と自分をなぐさめつつ、その一方で「正社員になれない人たち」を支援しながらどこかで線を引いてしまう自分がいる。この矛盾した立ち位置のまま、これから何年も働き続けるとして、そのあいだに自分は、何を基準に「遅さ」や「欠け」を測っていけばいいのだろう。

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こうして書き残すことは、私にとって読書ブログを続ける意味そのものです。

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