池田晶子『事象そのものへ!』のつづきを読む。
池田氏は、意識、客観性、存在について現代科学をこのように表現する。
“観測者をも量子論の波動関数的記述の中に入れてしまったとき、観測者の脳細胞中の電子の運動を記述する方程式を表すものは、誰の知識ということになるのか、といった、一見奇妙な、しかし悩ましいほど論理的な問いが、頻繁に現れてくるようになる。いったい科学は、何について、何を認識したことになるのか。この「私」はどこに存在することになるのかー。” P97
物質が存在するにはそれを認識する「意識」がなければならない。
しかしながら、現代ではますます「意識」の正体が分からなくなっている。
量子についても未知なことが多い。
ブルーバックスに、『時間は逆戻りするのか』という本がある。
そして、実際に実験でそれが確認された。2020年の本である。
ある物が、その物自身によって説明できないのと同じように、人間も、人間自身によって記述することはできない。おそらく池田氏はそれを指摘している。
個人的には、意識がどうのこうのと論じている間にAIが頭角を現し、もはやこの議論は捨てられてしまうのではないかと考えている。
つづく
公開日2022-04-02