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読書日記61

中山元『正義論の名著』ちくま新書 (2011)

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/05/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%9860/

ヘーゲル⇒マルクス⇒ニーチェの順番で進む。

この3人は哲学史のなかでも大きなウエイトを占めると思われる。

わずか1000文字弱の記事にはまとめらるものではないものの、とりあえずざっくりまとめたい。

ヘーゲルは個人を「主体」という言葉に置き換える。

自由を意志するものであり、労働を通して財産を所有する。

その財産が侵害されれば、それは犯罪となる。

ヘーゲルは独自の考えを持つ。

犯罪者が罰せられることは善いことだとし、それは主観的な意志⇒自由な意志へ矯正するものであるとする。

その「主観的な意志」が逆説的に正義を規定する。

共同体は幸福を追求するものである。

個々それぞれの欲求を「特殊な欲求」と位置付け、国家は正義と特殊の欲求を結び付け、権利と義務の実現を目指すものとする。

それに対しマルクスは、ブルジョワ階級を破壊することが正義とする。

一度崩してから労働組合を新たに組織し、そこで分配の方式を決める。

その追求が正義というものである。

ニーチェは『道徳の系譜学』において、正義を道徳の系譜から説明する。

「義務」「良心」「負い目」といった道徳心は、債務の法律の世界から生まれたと見る。

その後血みどろの戦いが起こることになるが、それによって「約束を守る人間」が生まれたと考える。

かくして、責任を負う道徳的な主体が国家を形成する。

共同体とその構成員は、債権者と債務者のような関係だと説明する。

共同体から守られるには、共同体の法を守ることである。

さらに、キリスト、ユダヤ、神話、そしてルサンチマンを結び付け「二重の正義」の概念を提唱。(こちらは長くなるので割愛)

次はベンヤミン、ハイエク、ロールズとつづく

つづく

公開日2022-01-25

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