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読書日記63

はらだみずき『海の見える家』小学館文庫 (2017)

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/05/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%9862/

135ページほどまで読み進める。

相変わらず父親がどんな人物であったか不明。

そろそろ小説は折り返し地点。これはいっきに展開が進んでくパターンか。

内容に関してはネタバレの関係のため割愛。

僕はやはり文哉に似ている。

営業の電話中はものすごく丁寧で親切。

電話を切った瞬間に別人のように無愛想になる社員。

文哉は人間不信になりそうだと嘆いている。

僕は、それが仕事というもので致し方ないと思っているが、例えば、日常生活においても、普段人と関わっていくなかで、「この人はどこまで演技が入っているのだろう、「どこまで自分を殺しているのだろう」、「どこまで素を出しているのだろう」とつい考える。

電話なら尚更である。

相手がどんな顔をして話しているのか。どんな姿勢で何をしながら電話しているのかが見えない。

そして今日ではマスクによって、ほぼ目しか見えないという状況になっている。

こんなときに大事なものは、やはり言葉だと思っている。

言葉使い、言葉の選択、語尾、語彙力。

言葉とは人間そのもの。

型通りの言葉を選ぶ人間は、往々にして型通りの人間である。

つづく

公開日2022-01-26

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