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読書日記116

     池田晶子・陸田真志『死と生きる 獄中哲学対話』新潮社 (1999)

  

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/10/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98114/

   

今回は死刑に関する対話で印象的であったことを書き残す。

池田氏は、死刑制度の是非に関しては「各々の思想」であると述べている。

死について考え抜いた哲学者でさえも、死刑制度に関して断言することは不可能と僕は解釈した。

僕はいったんゆっくり考え直した。

  

おそらく「必要悪」の部類であると考えられる。

池田氏は法律のない世の中が実現可能かどうかという問いに対して「不可能ではない」と述べた。

究極的には、善人で構成される共同体に法律という概念は不要であるという帰結なのかもしれないと僕は思った。

「悪」と分かっていながらもそれを許容するという社会の矛盾性。

しかし何が「悪」なのかを、人々は直感レベルで知っているということになる。

   

不思議なことに、それは人に教えられたものではなく、先天的に「知っている」のである。

法律はあくまで後付けされたものであると理解して初めて、本質について考えることができるという、奥の深いテーマに触れることができた朝であった。

つづく

公開日2022-02-10

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