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読書日記132

カール・ポパー『社会と政治:「開かれた社会」以後』ミネルヴァ書房 (2014)

    

つづきを読み進めた。

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カール・ポパー『社会と政治 : 「開かれた社会」以後』ミネルヴァ書房(2014年)

山田広昭『ヴァレリー集成Ⅳ』筑摩書房(2011年)

ポール・ヴァレリー『精神の危機』岩波文庫

を読む。

  

ポパーが説明する。

プラトンは、個人は全体のために存在するのであって、全体は個人のために存在するのではないと言った、と。

この論理がホッブズ『リヴァイアサン』によって体現され、ファシズムへとつづいた。

ポパーによれば、オックスフォード辞典の「個人主義」が意味するところは、「利己主義」が妥当とのことである。

そしてポパーは、「国家は利他的な人間のために存在する」という社会について考える。

というところまで読み進める。

  

今日の資本主義はどうだろうか。

利他的だろうか。そんなわけはない。最大限に優先すべきは利益である。

とまあ、こんなのは単純で机上の空論にすぎないとは思いつつも、「脱成長VS成長」の対立は今後も注目していきたい。

「地球を救えるのはテクノロジー、そして経済の成長でしかない」

これが真実になるかどうか。

専門家でも意見が分かれている。

僕は、寿命的にはまだ50年生きる。

50年後も100年後も快適な暮らしができるような地球を望む。

つづく

公開日2022-02-18

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