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読書日記233

      堀内進之介『善意という暴力』幻冬舎新書(2019年)

  

堀内進之介『善意という暴力』のつづきを読む。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/21/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98230/

  

堀内氏は、依存症の根本原因は個人ではなく社会にあると見る。

例えば、20世紀の思想家ジル・ドゥルーズと精神科医であったフェリックス・ガタリは、精神分析と心理学について、「今ある社会に適応できる人間を無条件に肯定している」と批判した。

個人的にも同感である。

「適応障害」「発達障害」という病名がある。これはある意味「社会病理」でもあると言える。

今月、僕は現役の精神科医、松本俊彦氏の本を読んだ。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/21/%e6%9d%be%e6%9c%ac%e4%bf%8a%e5%bd%a6%e3%80%8e%e8%aa%b0%e3%81%8c%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ab%e5%8c%bb%e5%b8%ab%e3%81%af%e3%81%84%e3%82%8b%e3%80%80%e3%82%af%e3%82%b9%e3%83%aa%e3%81%a8%e3%83%92%e3%83%88/

  

本書では例えば、苦しんでいる人を助けるための精神安定剤が乱用され、むしろそれが依存症を誘発しかねないという状況があることが示された。

覚醒剤乱用者やアルコール依存症は「痛みをもって痛みを制する」という状況となっている。その痛みの根本原因はやはり社会側にあるのではないか、と思わせる一冊であった。

   

心理学や精神分析の存在自体を批判するものではない。

この二つの領域では社会病理があることを、勿論前提のうえで様々な取り組みが行われていることは事実である。

本書は今日における様々な問題を横断的に学べる良書であると感じた。

つづく

公開日2022-03-31

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