閉じる

新・読書日記19

        松岡正剛『ことば漬』角川ソフィア文庫 (2019)

  

     小室直樹『新装版 危機の構造』ダイヤモンド社 (2022)

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/21/%e6%96%b0%e3%83%bb%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%9817/

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『ことば漬』

『危機の構造』を読みながら、日本人の特異性は日本語の特異性から来ているのではないか、と多少思うところもあった。

しかし日本語を社会学的に分析をした本を探すのが面倒だったので、ひとまず松岡正剛氏の本でヒントを探してみようと思うにいたった。

 

読んでいくうちに社会的な問題意識とは別に、改めて松岡正剛氏の本の知識量に驚いた。この人、人生の何周分の本を読んでいるのだろうか?

個人的に印象的であったのはレーモン・クノー『文体練習』の章であった。

タイトルは知っていて、実際にレーモン・クノーの小説も多少かじったが、いまいちクノーの魅力が分からなかったが、『文体練習』はひとつのエピソードを99通りの表現方法で書かれているそうである。

しかも、書き始めてから5年の歳月を経て出版されたそうである。

 

レーモン・クノーがアンドレ・ブルトンらのシュルレアリストらと一時期交流していたのは知っていた。ただ、途中でフロイトとユングのように仲違いをしてしまう。そこまでは知っていた。

なにがレーモン・クノーを書くことへと駆り立てたのだろうか。そんなことを思いながら本書をじっくりと楽しめた一日であった。

 

・・・ 

『新装版 危機の構造』

前回は単純アノミーについてまとめた。

つづきを読んでみると、アノミーの種類が多く、ややこしさを感じ始めた。

一応書いておくと、他にも「急性アノミー」「複合アノミー」「構造的アノミー」「原子アノミー」と、5種類のアノミーについて本書で紹介された。

 

記憶に定着させたいのでここのブログにも書き残したい。

■急性アノミー

信頼していた者に裏切られることによって生ずる致命的打撃を原因とする。社会全体で心理的パニックが発生し、規範が全面的に解体した状態を「急性アノミー」と呼ぶ。

■複合アノミー

多くの規範システムが構造化されず、それぞれ断片としてのみ存在している場合にかかる情報効果によって生ずるアノミー。

■原子アノミー

複合アノミーであることが前提。「所有」が社会的文脈から分解不能であることによって生ずるアノミー。

■構造的アノミー

社会構造がアノミーを再生産するような作動過程の原理を内包している状態を構造的アノミーという。

 

具体例がすくないので抽象的でやや難しい章だと感じた。

とりあえず日本は戦後、天皇が「象徴」となったことによって規範が崩壊した。小室直樹によればそれが「急性アノミー」に位置づけられる、ということは理解した。また、共産主義の崩壊というのも関係していると小室直樹が述べていたが、このあたりはいまいち自分のなかで整理できていない。

  

ただ、昨日書いた「心理的緊張」の具体例については書かれていたので、そのあたりは多少頭に入ってきたように思う。

“高度成長の結果、まず、経済財の意味が根本的に変わる。すなわち、生活水準が低い間は、経済財は、もっぱら、物的欲望達成のために求められる。しかし、生活水準が高まるにつれ、物的欲望の比重は低下し、社会的欲望の重要性が増大し、経済財といえども、その物的欲望のゆえにではなく、社会的欲望のゆえに求められる。この場合には、デモンストレーション効果が中心的役割を演ずる。” P195

  

自分の言葉で言い換えてみる。

三種の神器がなかった時代は、家電などの物的な所有欲が強い。つまり給料(経済財)は概ねそれらに費やされる。実際そうだったはずである。しかしほぼ全員が安価で三種の神器を入手できるようになると、今度は物的欲望は低下し、別の消費財に関心が向かう。これは当たり前で、自動で洗濯してもらえ、自動で温めてくれて、自動で部屋を涼しくしてくれることが当たり前となってくれば、給料の使い道が別の方向に進むのは目に見えている。小室直樹は「社会的欲望」と表現したが、これは「承認欲求」に近い概念と言える。

 

「この場合にはデモンストレーション効果が中心的役割を演ず」というのは、売り手からすれば「広告」、買い手からすれば「模倣」と言える。前者はCM、インフルエンサー、マーケティングなどの戦略対象で、後者は個人個人の購買行動が模倣的になるということだと考えられる。例えば、だれかの欲しがっているものを欲しがるという、模倣的な買い物である。模倣的な買い物はときに投資の対象ともなる。今はやりの転売ヤーが買うポケモンカードがまさにそういったものと言える。

  

あらゆる消費行動が承認欲求に還元されるという主張は言い過ぎかもしれない。しかし今日読んだあと少し歩きながら考えてみたが、小室直樹のいう「社会的欲望」というのはそういうものだとしか思えない。それである程度説明がつくなら結構ではないか。

  

・・・

 

話が全くずれてしまうが、ヘイトスピーチやSNSの暴力についてひとつ思ったことがある。

本屋にヘイト関連の本が多く置かれていたのでその影響で少し考えてしまった。のちにアノミーの話とつながるかもしれない。いや、つながる。

承認欲求が不足すると、自分を高い位置につけたがる。

しかし簡単な手段が大してないので、あまり物事を考えない人間は、中傷をすることによって自己満足に走るのかもしれない。

物が豊かなのに不幸な日本。それは、逆説的に、物が豊かになったからそうなっている可能性が高い。

急性アノミーの状態がそのまま加速する日本では、小室直樹の予想通りに事が進んでいるのかもしれない。

つづく

 

物質的には飽和状態の現代経済。

小室直樹の指摘が正しいのならば、彼の説明はアノミーという概念を媒介としてSNS上の暴力の説明になる。

これはこれで面白い。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。必須項目には印がついています *

© 2024 ラボ読書梟 | WordPress テーマ: CrestaProject の Annina Free