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読書日記265

神代健彦『「生存競争」教育への反抗』集英社新書 (2020)

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日記

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/27/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98263/

  

著者によれば、国の教育方針は端的に「高度な要求」を子供たちにしているとされる。

方針として、子供たちに「人生の幸福」と「社会貢献」の同時達成を掲げている。

結局のところ、日本経済の低迷から脱するには新世代から救世主が現れることを国が期待しているということになる。

  

学校を意味する [school] は、ラテン語「スコレ」から派生したものと言われている。

この「スコレ」が意味するのは「余暇」である。

著者は、現代では意味が逆転していると指摘する。

というのも、「余暇」は社会貢献と切り離された活動であり、現代の [school] で行われているものは社会貢献と密接に繋がっている営みだ。

  

ルソーの『エミール』において、彼は学問知が人間を堕落させるものと位置付け、子供に悪影響を与えると書いた。

ルソーの教育観は『ロビンソン・クルーソー』に影響を受けており、自然体でいることを理想とする。(=自然人)

人々の不幸の厳選は「力と欲望のギャップ」にあるとした。

  

ルソーのいう「自然人」は、自己保存に必要な限りの欲と、それを満たすことのできる十分な能力を持った人間である。

僕はこれを「足るを知る」ことだと解釈した。

つづく

公開日2022-04-07

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