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読書日記282

    野口雅弘『忖度と官僚制の政治学』青土社(2018年)

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日記

野口雅弘『忖度と官僚制の政治学』青土社(2018年)を読む。

現代の日本は、度々官僚や政治の問題などがニュースで取り上げられる。

著者によれば、政治思想史の研究者たちが官僚制について書くことはあまりなかったとされる。

官僚制は近代化によって必然的に生まれた制度であるとされる。

  

それは膨大な「書類」によって秩序が生まれたともされる。

作家バルザックは、役人に対して「文書作成以外なにもできない人間」と批判した。

また、アナーキストのバクーニンは書類を燃やせば秩序を破壊できると考えた。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いたマックス・ウェーバーは、そんな「文書主義」に対して、文書とは独立して「規律」が存在すると見ていた。

つまり、書類が燃やされても秩序は乱れないと考えていた。

『官僚制のユートピア』を書いたデヴィット・グレーバーは、ウェーバーを全面的に肯定しなかったにせよ、文書の「支配力」に関しては同意していた。

そして、新自由主義によってますますその支配力は強化されるとした。

この点に関しては個人的にも確認済みである。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/15/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98136/

  

僕は引き続き「公益とはなにか」をちびちびと考えつづけ、今に至る。

教員の長時間労働問題と政治の接合部を明らかにしたい。

つづく

公開日2022-04-12

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