ラボ読書梟 (旧 はてなブログ大学文学部)

読書日記289

一色清『メディアは誰のものか:「本と新聞の大学」講義録』集英社新書 (2019)

■株式会社集英社

公式HP:https://www.shueisha.co.jp/

公式X(集英社新書編集部)(旧 Twitter):https://twitter.com/Shueishashinsho?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日記

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/05/01/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98288/

  

池上彰氏が何故わかりやすさにこだわるのかを語る。

彼がキャスターの頃、原稿を見て分からないことがあった。

自分でも分からないのなら、視聴者にも分からない。

  

「お前がバカだからだ」

と言われても屈しない。

それは、書く側にも責任がある。

前提として、一定レベルの知識が要求される。

記者は視聴者のことを考えて原稿を書いていないこともある。

  

キャスターの重みを知る。

また、別の章では3権分立について言及された。

パワーバランスがどうなっているのかをどう判断すれば良いのか。

これはなかなか難しい。

  

内部情報を引っ張り出すのはメディアでも難しいことがある。

過去を勉強し、法律を勉強し、政治全体を大局的に見ることができる力を付ける必要があると感じさせられた。

つづく

公開日2022-04-15

次へ 投稿

前へ 投稿

返信する

© 2024 ラボ読書梟 (旧 はてなブログ大学文学部)

テーマの著者 Anders Norén