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読書日記313

    仲正昌樹『ポストモダン・ニヒリズム』作品社(2018年)

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日記

仲正昌樹『ポストモダン・ニヒリズム』作品社(2018年)を読む。

社会思想史の観点から現代の社会的状況について解説していただける内容となっている。

仲正氏によれば、「ポストモダン」はしばしば「ニヒリズム」とセットで論じられるとのことのである。

  

何故セットなのかというと、近代知に代わって政治、社会、歴史があるべき方向性をオルタナティブとしての「ポストモダン思想」が示せていない。その為に「虚無感」が広がっていると言われているから、とされる。

例えば、アドルノとホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』は、近代の限界点が「ナチズム」によって見出されてしまい、理性の限界があることを指摘する。

個人的な解釈では、その限界点を越えるような確固たる思想が誰からも生まれていないということなのだろうと感じた。

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浅田彰『構造と力』(1983年) のなかに、「スキゾ・キッズ」という言葉が出てくる。

これは統合失調症を意味する [schizophrenia] からの由来。

  

一方、資本主義のなかでひとつの仕事に没頭する人間を「パラノ型 (偏執病≒ある妄想を持ちつづけること) 」と呼び、これと対置させた。

仲正氏によれば、浅田氏は「フリーター」を「スキゾ・キッズ」と結びつけ、パラノを避けるようにして自由な雇用形態を選択しているというイメージを描いたとする。

浅田氏の『逃走論』においては、コピーライターや広告の人は自分の「差違化」を売り込むような「スキゾ型」の人間が多い等と主張した。

  

今は組織化されたなかで、人々は確固たる生きがいを見出せないことが多い。

各々が打ち込むことによって社会が豊かになるという資本主義の命題が崩壊。

これが後期資本主義で直面せざるを得ない問題だ、と仲正氏は述べる。

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これがどう「ニヒリズム」と結びつけて考えることができるのだろうか。

難しながらも意欲的に読める本でもあった。

つづく

公開日2022-04-22

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