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読書日記347

  池田晶子『私とは何か さて死んだのは誰なのか』講談社 (2009年)

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日記

池田晶子『私とは何か さて死んだのは誰なのか』講談社 (2009年) を読む。

格差社会と幸福に関して池田氏は語る。

  

2000年代はオリックスと近鉄が合併した。

そして新しい球団をめぐって、楽天とライブドアが争った。

当時、私は小学生でそのことは鮮明に覚えてる。

元近鉄、中村紀洋と女優、優香のCMを思い出す。

このエッセイはそんな時に書かれたものである。

自分で考えない人は他人の価値観に振り回される、と池田氏は言う。

   

個人的に思うのは、考えても振り回されるときはある。それは考えが足りないからなのだろうか。そうかもしれない。

池田氏は、子供の夢が「お金持ちになりたい」となっていることに「世も末だ」と言う。

足るを知る人は「上品(じょうぼん)」で、知らない人を「下品(げぼん)」であると述べる。

「幸福とは何かを一度自分でしっかりと考えることです」と言う。

   

ラカンを再度、想起する。

「無意識とは他者の欲望である」

これが仮に正しいのだとして、タルド『模倣の法則』で示したような法則が働いているのだとしたら、自分がしていることは、深いレベルで本当に「自分がやりたいこと」なのかどうかを疑いざるを得ない。

読書をしていると、度々このように自分を内省することがある。

自分で考えるにしろ、その言葉はある意味「借り物」でもある。

困った。

いよいよ、「私とは何か」という、この本のタイトルと同じ状況になってしまう。

しかし、嬉しいことに、その「一致」によって私は孤独ではないことを実感する。

つづく

公開日2022-04-30

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