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読書日記396

テリー・イーグルトン『文学という出来事』平凡社 (2018年)

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日記

テリー・イーグルトン『文学という出来事』のつづきを読む。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/05/11/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98395/

  

イーグルトンは、文学とは何かという漠然としたものを語る。

ある人間は「文学的虚構とはある命題を構成しなければならない」と述べ、ある人間は「作品内においてなんらかの意味の重要な部分を暗示する言説」と述べている。

文学と音楽の違いに関しては、後者の「暗示」を音楽として表現するのは難しいことである。

また、芸術においても「暗示」を表現するのは困難と思われる。

文学には文学の効能があり、音楽にはそれ独特の効用があり、芸術も然り。

抽象的な議論に終始し、哲学的なことを考えさせられる内容であった。

個人的に、人生で一回は長篇小説を書いてみたいという気持ちがある。

それが不毛に終わってもやることに意味はある。

大人になると「虚構」の扱い方が下手になるような気がしなくもない。

子供は「おままごと」を真剣に行う。

大人になると「どうせ○○」と自動的に反射してしまうことが少なくない。

日々が退屈なのは、新しい体験が減るからでもある。

自分の力で新しい体験を経験できるような力を身に付けたい。

つづく

公開日2022-05-13

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