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読書日記428

      松井裕美『キュビスム芸術史』名古屋大学出版会 (2019年)

■名古屋大学出版会(国立大学法人名古屋大学)

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日記

松井裕美『キュビスム芸術史』のつづきと、

岡本太郎『原色の呪文』のつづきを読む。

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岡本太郎は絵画とは何かを語る。(1957年「増刊美術手帖より)

歴史的に、芸術は時代とともに変容してきた。印象派、キュビスム、ダダイズム、シュルレアリスムのように、ある一定の形式が存在する。

今から65年前といえど、1957年はテレビや映画、雑誌等のメディアが既に台頭している時代であった。

岡本太郎はその中で絵画の存在意義が追いやられていることを感じとっていた。

形式が複数あるにせよ、本質は変わらないと述べる。

芸術は社会の問題と対峙するものでなければならない、そのように語る。

従って、技術や技法というものは副次的なもので、内容が先に来るべきであると力説する。

しかしながら、内容はというものは内なるものではなく、外から逆説的に来るものであると語る。

すなわち、作家の個人的な内的世界や精神ドラマの類いではないという。

芸術を通して社会に問題をぶつける。かつ最も効果的な方法で。

以上が岡本太郎の絵画に対する考えであった。

私のような素人は、まず岡本太郎という眼鏡を通してキュビスムというものを大局的に見ていきたい。

つづく

公開日2022/5/23

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