閉じる

読書日記672

      池田晶子『あたりまえなことばかり』トランスビュー(2003)

■株式会社トランスビュー

公式HP:http://www.transview.co.jp/

公式X(旧 Twitter ):https://x.com/transview?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日記

考えることについて語られた。

池田氏は当たり前のことは「認識の盲点」であると語る。

当たり前のことを説明するとき、往々にして「そうなっているから」というトートロジーで終わるのが常である。

哲学とはトートロジーを越える営みである、そのように感じた。

また、自由の条件についても語る。

池田氏は、考えることが自由であると語る。

日々考えること(つまりは認識の盲点について考えること)なしにあれやこれやと目がいく状態のどこが自由なのか、という具合である。

自分探しが何故虚構なのか。

自分とはなにか。

社会的な出来事から主体へと還元することが問題なのである。

言葉にするのが難しい。

まだまだ力不足だ。

つまり、社会とは認識の盲点を放棄した存在なのである。

何故ならば、哲学そのものが商売にはなり得ないからである。

公開日2022/9/13

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。必須項目には印がついています *

© 2024 ラボ読書梟 | WordPress テーマ: CrestaProject の Annina Free