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読書日記180

ティム・インゴルド『生きていること』左右社 (2021)

  

つづきを読み進めた。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/04/18/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98178/

  

人類学の本は哲学や心理学、社会学とはまた異質で新しい視点を提供してくれる。

時に哲学的な視点をも提供する。

例えば「石らしさ」を記述する際に、石という物質のみによっては記述できない。

水に石を浸す。

すると石の内部までには浸透せずに、表面だけ水に覆われることが分かる。

  

つまり物事は「関係」が全てなのだという事が示唆される。

このことは「人間らしさ」を語る際に「本人」の性格によってのみパーソナリティが還元されることにはならないことの説明となる。

「道具の使用とは何か」という問いも「関係」で説明が大方つく。

人間が道具を使用するのはある目的があるからである。

ところが、その目的は道具のみによって達成されることはまずない。

   

ピンセットで考えてみる。

まずそれを掴む必要がある。そして力を与えるエネルギーがなければならない。

マルクスに沿って人間を「使用価値」のある「道具」として考えてみても、目的、すなわち仕事上の目標を達成するにはやはり人間のみによっては達成され得ない。

エネルギー、システムetc.

単体のみによってプロセスは進まない。

あらゆる物事は連関していて円環の様相を呈する。

円環構造には上下関係はない。

  

人間がどれだけ知的に優れたとしても、物事が円環で在る限りにおいて、自然のなかでは点にすぎないのではないだろうか。

つづく

公開日2022-03-15

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