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読書日記292

    松岡正剛『理科の教室』角川ソフィア文庫 (2018)

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日記

松岡正剛『理科の教室 千夜千冊エディション』と、

池田晶子『考える日々』のつづきと、

亀山郁夫『人生百年の教養』のつづきを読む。

https://labo-dokusyo-fukurou.net/2024/05/01/%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e6%97%a5%e8%a8%98291/
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木を見て森を見ず。

しかし、その木も100年単位でわずかに身長が伸びていく。

木を見ても見えないものがある。

  

だからといって、木の内部で化学物質がのろのろと動いているわけでもない。

生物を人工的に産み出すことができないのは技術的な問題の他に、時間の問題が関わっているようにみえる。

卒業してからは化学に弱くなってしまったが、たしか、分子はとてつもない速度であったはずだ。

  

木の成長スピードが遅く見えるように、おそらく分子から見れば人間の動きも木のようにおそいのだろう。

なぜこのような話を書いたのかというと、人間の脳も実はとてつもないスピードで動きまわっている物質があって、それを実験で捉えることができるのだろうか、という疑問がある。

神経の伝達速度は秒速120mらしい。

とはいえ、細胞が何億個もあるのだから、とてつもなくカオスではないか。

にも関わらず、相変わらず私はぼーっとしている。

なぜ、とてつもなくカオスな人体を従えていると思われる、この脳みそであるかもしれない私の「意識」はかくも穏やかでのろまなのだろうか。

 

不思議だ。

つづく

公開日2022-04-16

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